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ルワンダバスケットビジネスの進展!
日本とルワンダの懸け橋となるルワンダのバスケットの輸出・販売ビジネスが開始されてから8ヶ月以上経過した。その間に3回の輸出を行い、1,000個以上のバスケットが日本に届けられた。

日本側では、その間、RuiseBの小澤さんが販路の開拓を熱心に行っていて、JETROなどを通じても少しずつルワンダバスケットに対する取り扱い要望などが来ていたが、12月に行われたインテリアデザイン展への参加でさらに注目を集め、有名デパートやインテリアショップからも取扱希望が出てくるようになった。
interior design show
先月小澤さんが再度ルワンダに来られた際に、15の組合に属する女性たちの代表者たちを呼び、キガリ市と共同でワークショップを開催した。
basket workshop
今回のワークショップの主たる目的は、バスケットの日本市場での反応を紹介した上で、さらにバスケット作製にあたって品質向上のための課題の確認を行う一方、織り子の女性たちのこれまで行った品質の安定性と向上への努力の報告と私たちのオーダーにより生活がどのように変化したかについての報告を聞くことだった。
basket workshop2
織り子の女性たちは、正直自分たちの製品が日本で売れることをあまり期待しておらず懐疑的だったようだが、日本市場での高反応を聞いて、少し自信がもてたようだった。日本市場で売れるということが確認できて、一層頑張ろうという意識になれた女性たちの様子を伺うことができた。
特に私たちが嬉しくも驚きながら聞いたのが、これまでのオーダーによる生活の変化である。今までは15の組合のでき具合に差があり、納入されるところとされないところがあった。特に上手につくる女性たちがかなり収入を向上させ、彼女自身や家族の生活向上に役に立っているようだ。
ある女性は、このプロジェクトを始めたばかりのころは、まともに食べれず、子供たちを学校に行かせても食べ物も必要な道具も与えることができず、家の家賃も払えないので、家を追い出されたりすることもあり、精神的にもつらく病気がちだったそうだ。それが、このビジネスを通じて、収入が向上し、衣食が得られるようになっただけでなく、子供たちを学校に行かせるための制服、テキストやノート購入費用、家賃などが払えるようになり、近所の女性から顔色がよくなったねといわれるようになったそうだ。
織り子の女性たちは、夫がいないケースが多く、彼女たちが家族を支えざるを得ない状況なので、安定した収入が得られるようになったことが大きいのだろう。他にも姉妹の教育のサポートができるようになったり、香水が買えるようになった上で、彼氏も出来た女性の話もあった。
Weavers happy voice
前回7月にワークショップを行ったが、4か月の間にこんなにも生活に変化をもたらし、彼女たちの生き生きした表情をみることが出来たのは、期待していた展開とはいえ、大変嬉しいことだった。
今後このビジネスを通じて実現したい目標などを聞くと、お金をためて「家を建てたい」という声が多く聞かれた。より前向きな目標をもてるようになったのは彼女たちの自信回復の現れでもあるのだろう。
after the workshop with weavers
こうした生活の変化をより多くの女性たちが享受できるように、まだ生産能力が高くない組合の女性たちの技術を向上させるための研修を行うことにした。
training
ものの流行りすたりが激しく、かつ高品質が求められる日本市場で継続して販売していくのは簡単ではない。市場のニーズも見据えながら商品開発を進めていくことが今後求められていくと思うが、ビジネスを通じて継続的に織り子の女性たちの自立支援、自信回復を間接的に促し、対等なパートナーシップを築くことができればと思う。
| Rwanda (その他活動) | 17:46 | comments(3) | trackbacks(0) |
バナナ繊維プロジェクトその後
Banana fiber projectが少しずつルワンダでも知られ始めている。用途がほとんどない収穫後のバナナの幹からとれる繊維を活かして様々なバナナ繊維製品を創出しようというプロジェクト。2008年の11月からルワンダで始まった。ルワンダだけで、バナナの生産量は、年間2.5百万トンほどあり、1本のバナナの幹からとれる繊維はわずかなものの、年間1,500トン以上の繊維を採取することが可能である。これらの潜在的な繊維を活かせば、バナナ農家の新たな収入源になるだけでなく、様々な製品開発によりバナナ繊維産業を確立することにつながる。それにより、関連技術者や雇用の創出が生まれる。
バナナ繊維の活かし方は、服地など布地化を始めとして、工芸品や紙製品、生理用ナプキンの吸収剤、建築用資材など可能性がいろいろとある。
布地化を実現するには、ルワンダでは課題があった。バナナ繊維を綿などと混ぜるにはバナナの繊維を混ぜられる程度に開繊し、軟化する必要があるのだが、まだ地元の繊維会社ではその適切な技術を見いだせていなく試行錯誤している。
一方、2008年10月に多摩美術大学のバナナテキスタイルのチームが来られ、バナナテキスタイル技術の紹介だけでなく、バナナの繊維(不織布や紡ぎ糸)を使ったバッグやランチョンマットなどの実習を行い、参加者に大変好評を得てバナナ繊維プロジェクトのルワンダでの始動となった。しかし、その後、研修生が自分たちで工芸品を作る方向へは、道具や紡ぎ糸が手に入らないなどの問題で進んでいなかった。
そこで、バナナの繊維を抽出した後、紡ぎ糸にせずとも手工芸品を作る方法を身に着けバナナ繊維手工芸品の開発につなげるため、インドからバナナ繊維をつかった手工芸品の指導に携わっている講師に来てもらい研修を行うことにした。
ルワンダ国内のすべての州からなんらかの手工芸品制作の活動に携わっている経験者を20人集め、12月の上旬から10日間、研修を行った。
繊維の抽出、染色、組み紐づくり、そして様々な製品を作る実践演習を行った。
banana fiber extraction
banana fiber extraction2
braiding practice
dying material dry
braiding practice
バナナ繊維は初めてあっても手工芸品制作のプロセスは理解している参加者がほとんどだったので、研修は比較的スムーズに進んだ。
group work
最初はいくつかのグループに分かれて、ある特定の製品をグループで役割分担しながら作る演習を行い、そのあとは、参加者のそれぞれが個人の作品をつくってもらい、よい作品を作った参加者には賞品を贈呈することにした。
bag sample
結果としてそれがいい刺激剤になり、参加者の中には、寝る時間を惜しんで作るものもいた。
10日間という短い期間で様々な形のショルダーバックやマット、草履、テーブルマット、ボトル入れ、人形や小鳥の置物などが制作された。
bottle carrier bag
banana sandals
individual products
individual products2
もちろん商品として売っていくには、さらに製品の精度を上げて、よりセンスのよいものに仕上げていく必要があるが、最初の試みとしては、参加者が納得のいく内容になったのではないかと思う。個人作品の作製にあったって講師が教えずとも参加者が自分たちで考えて、オリジナリティーのあるものが出てきたのは意外だったが、今後の製品づくりに期待がもてるものとなるだろう。
group photo with all participants and organizers
その後フォローアッププログラムとして研修会直後に研修を受けたトレーナーのところをいくつか回り、すぐに身につけた技術を組合仲間に伝え始めているか、指導にあたって何か課題がないかなどを見に行った。組合の中には、習った技術を仲間に伝えるだけでなく、アクセサリーなど新商品開発をし始めているところもあった。
banana fiber earring
一方、適当な針、製品作成に必要な糸そして糸きりばさみなどの入手が難しいといった課題があり、今後トレーナーが住む地域の周辺で、そうした道具を入手できるようにする流通ルートの開発が必要と思われる。トレーナーとなった研修生たちが地元に戻って技術を伝えながら改善する努力を随時見守りながら、必要であれば、デザイン力をつけながら製品を完璧に仕上げる研修を検討しようかなと思う。


| Rwanda (環境活動) | 22:43 | comments(1) | trackbacks(0) |
オフィスは7時始業、金曜日の午後はスポーツデー
もう数か月も前からだが、ルワンダの全ての政府機関の始業時間が7時からになった。以前は、政府機関の中でも7時からのところと8時からのところがあり、終了時間も3時半のところから5時までのところとあったのだが、大統領の鶴の一声か、すべての政府機関が7時から始業、5時終了となった。単純にいえば、始業が早くなった上に終了時間が変わらないため、労働時間が延びたことになる。一方、以前は、金曜日まで仕事があったのだが、金曜日の午後は、スポーツ活動をするための時間となり、基本的には休みとなった。したがって、このスポーツデーの時間を考慮すると以前とあまり実質労働時間は変わらなくなる。

なぜ始業時間が早くなったのか、聞くところによれば、ルワンダは東アフリカ共同体(ケニア、ウガンダ、タンザニア、ブルンジ、ルワンダ)に入り、ケニア、ウガンダなどは、1時間時間が早いということから東アフリカ諸国との会合ややりとりを考慮して早い始業となったようだ。
しかし7時始業となると当然もっと早くからオフィスへ行く支度をしなければならない。ご飯の支度もあるので私は5時半起きだ。早朝にメールをチェックをしたり、ニュースを見てから、本格的な支度を始める。オフィスまでは車で10分程度なので間に合うように支度をするのだが、いつも直前にばたばたしてしまい、7時ちょっとすぎに出ることが多い。

日本にいる時から夜明けとともに目覚められる体内時計で生活していたので、目ざましは必要がないのだが、5時半に起きるようになると、問題は、夜がすぐに眠くなってしまうことだ。夕食を遅くとも9時ぐらいまでには食べるようにしているのだが、夕食を食べて一息つくと眠くなってしまい、あまり夜に作業や活動ができなくなる。外で会合やパーティーがあっても、遅くまでいるとかなり眠くて辛いので、自然と早く切り上げるようになってしまう。この間も国連関係の職場で働いている女性(国際組織は8時頃始業)と食事をしたが、ちょっとワインを飲もうものならあっという間に眠くなってしまい、途中から話を聞きながら半分寝てしまうという事態になってしまった。
赤道直下にあるルワンダは、年間を通してだいたい5時半すぎからすこしずつ日が明け、夕方6時には日が沈む。日没後、東京だとまちが明るいし、家の中も明るい。さらにテレビ番組の種類がいろいろあるということもあり、どうしても夜遅くなりがちだが、こちらだと日が暮れると街が暗くなり、テレビの地上波は、主としてルワンダTVしかないので、衛星に加入しない限りは、テレビを見ることもまれで、あまりやることがないのですぐに寝てしまうということもあるかもしれない。

さて、7時始業となって何か仕事の効率性や生産性が上がったのかと言われれば、はっきり言ってなんの変化もない。特にルワンダ人の同僚は、小さい子供がいる人たちが多く、子供たちを送ってから7時にオフィスに来るのは至難の業である。(学校も早くて7時始業)。学校に入る前の子供については、ある程度の収入がある家庭だとみんなhouse boy かhouse girlを雇っていて彼らに面倒を見させるのが常識となっている。
しかし朝、出勤したら帳簿に時間を明記してサインをしなければならないこと、またどうもそれらの組織全体の出勤状況を上部組織(関係省庁)に報告しなければならないこともあり、意外とみんなまじめに7時10分までにはほとんど出勤している。しかし、前述したように仕事の生産性の向上につながっていはいない。なぜならば、いろいろなところで効率の悪い意思決定、無駄なプロセスがあるためだ。特にびどいのが物品調達やワークショップや会議実施の際のケータリングサービスの契約、支払いについてだ。例えば、名刺の調達。日本であれば、ネットで注文したら、遅くとも3日以内には、宅配で手元に届く。しかし、私の場合、なんと組織の長のサインを9月上旬にもらったにも関わらず、今だ名刺ができないのである。この名刺の調達プロセスには、調達部門と人事部門がかかわるようだが、彼らの間でのコミュニケーション不足か何かで私の名前のリストが人事部門の名刺注文のリストから漏れたらしく、10月半ばに休暇からオフィスに戻ってきたときに問いただすとそのような説明を受けた。それからまたさらに2か月が経過。私の方では、12月にインドから専門家を呼んでバナナ繊維を使った工芸品のワークショップを開くことになっていて名刺が必須だったにも関わらずワークショップ開催までには名刺が準備されることはなかった。待っているのがあまりにばかばかしくて自分で手作りの名刺を後に1時間でつくったが、なぜそんなに無駄な時間をかけて物品調達の手続きをしているのか皆目見当がつかない。
今回、ワークショップの開催をしていかに調達部門、財務部門が無駄な手続きにえらい時間をかけていることがわかったが、その一つの原因はルワンダで厳しく行われている会計監査である。とにかく調達、財務、人事も含めて、外部による会計検査をパスできるか、というそれだけを念頭において仕事をしているため、非効率この上ない手続きになってしまっている。会計検査で指摘をされると組織トップの首が飛び、担当者も刑務所に送られてしまう恐れがあるため、それらに関わる担当者は、びくびくしながら仕事をしている。実際、この1年でも省庁のレベルから地方自治体のレベルまで、汚職が発見されるとすぐさま、大臣がつかまり、裁判沙汰になり、刑務所に送られる結果になるものがある。場合によっては直接刑務所というケースもあるらしい。(防衛省の職員が、大量のTata製のトラックを調達し、粗悪だったため刑務所に入れられたケース)調達に関しても下手をすると外国の会社(つまり外国人も)も巻き添えになるから注意が必要だ。汚職、腐敗の防止に力を入れているルワンダは、政府組織に対してかなり厳しいチェックを入れている。組織内にはそうした汚職の防止を促すステッカーが貼られている。
corruption prevention poster
こうした方針が功を奏して腐敗認識度ランキングでは東アフリカでトップになった。
http://media.transparency.org/imaps/cpi2009/

しかし他方、組織の意思決定が非常に時間を要し、慎重になる結果となっている。現実的な業務の効率性や生産性を考慮すると、(たとえば、プロジェクトの実施計画に従って、予定を実施したくてもこうした手続きの問題のために大幅に遅れてしまうことや、関係者に非常に迷惑をかけること(支払が遅れるなど))もう少し簡易な調達システム(三者見積もりが必要な額や入札が必要な最低額を上げるなど)が必要だろう。

| - | 23:25 | - | - |
キガリ市内の開発と民家の解体・移転
ルワンダに来てから、2年以上がたつが、その間に街並みが刻々と変化してきた。丘の上にあるキガリ市の中心街に1年以上前だったか、1つ出来て目立つなと思っていた大型広告スクリーンが街中だけでなく、空港まで行く主要道路沿いに最近までに3つぐらいぽこぽこと新たらしいものが出来た。いくつかの大型の商業施設や建物やビルゲイツが投資をしているといわれている多目的会議場の建設も少しずつ進められている。商業やオフィス施設などは中国の建設会社が関わって建てているものも多い。

こうしたものの建設にあわせて、主要道路沿いから見えるところにあったトタン屋根でひしめきあって建っていたルワンダ人の家の集落が次々と壊され、移転させられている。
Kiyovu demolish2
主要道路ぞいからの見栄えをよくするのは政府の方針のようだが、こうした土地を買い取っているのは地元の大手保険会社だったり、海外の投資家だったりする。
demolish our neighbor's house1
我が家があるところは、新興住宅街のエリアだが、うちからすぐ下に見えるところには、たくさんのトタン屋根のルワンダ人の民家があったが、ここ数カ月の間にみんな壊され移転させられてしまった。
demolish our neighbor's house3
demolish our neighbor's house2
我が家の上の方の向かいは、タウンハウス群が立ち並んでいるのだが、唯一隣の家だけ小さな民家があり、近所なので、挨拶したり、隣からアボカドをもらったりしたので、こちらもメイズを知り合いからもらった時に分けたりして、ルワンダ人の家族とささやかな交流をしていた。しかし、この家族も最後まで移転費用等の問題で抵抗したが、最後は修正された補償金でしぶしぶ納得し、移転しなければならなくなったらしく、彼らがいなくなるのも時間の問題となっている。周りで唯一残っていたルワンダ人の隣人がいなくなるのかと思うとさびしい気持ちになってきた。
demolish our neighbor's house 4
撤去された後の土地には、保険会社が新たに学校と病院そして住宅を建てるらしいとのうわさが広がっている。街中に近い方の集落が移転させられた時には、土地の買収価格、移転補償が十分ではないとの苦情が集落に住んでいたルワンダ人からかなりあげられマスコミにも多々取り上げられるなど問題となっていた。
うちのエリアの集落の場合は、あまり噂が聞こえてこなかったが、隣のうちなどは、最後まで抵抗していたようなので、補償金の問題は今回もあったようだ。
補償金は、こうして追い出された人たちが新たに住む場所を確保するのに使われるのだが、そう簡単ではない。Umuduguduという新しい密集した住宅地区がキガリの中心部から離れたところや郊外に少しずつ作られているが、そういうところに移るか、新たに確保した補償金の範囲内で借りれるところを見つけるしかないようだ。特にまちの中心部に住んでいた人たちにとっては交通の便の悪いところに引っ越すことになるケースが多く新生活は容易ではなさそうだ。
こうして新しい住宅とルワンダ人の民家との混在していた街並みがなくなり、新しい住宅開発によって跡形もなくなってしまうかと思うとさびしいだけではなく、歴史が消されるようでもったいない気持ちがしてしまうものだ。
local people's house
これは、開発の過程において必然なものなのかもしれないが、こぎれいな住宅だけに囲まれる街ははたして心地よい、そして安全なものとなるのか見えてこない。
一方、日本の古い町並みが残っているところには、たとえ狭苦しく立ち並んでいても、また狭い小道しか通路がなくても、そこにいるとなにか安心感があり、ほっとするものを感じさせる。
しかし、人々が住んでいる建物の構造や質がそもそもよくない住宅を残すことに意味があるのかという疑問もあるのかもしれない。建造物の歴史が浅いせいか民家のつくりはみな同じようで、日干し煉瓦と土壁という簡素なものだ。それでも、そうした家々がすべて一掃されてしまうと歴史的な建造物がなくなり、街があまりにも様変わりしてしてしまうだろう。
なんとか街づくりを担う人たちがそのあたりの観点も考慮してルワンダらしい要素を残しながら開発を進めてほしいものだ。



| Rwanda (日常生活) | 00:22 | - | - |
ルワンダの廃棄物処分場をとりまく人たち
ルワンダの首都キガリの郊外の丘の上にキガリ唯一の廃棄物処分場がある。
Nyanza5
といってもただこれといった手法もなく適当に積み上げているだけのゴミ捨て場。浸出水の処理施設もない。日本では谷底に処分場をつくるのが一般的だが、丘の上にあると、丘の下方にある住宅への汚水の影響、地下水への影響などが心配される。持ち込まれるゴミは、有機物がほとんどだが、量にして1日100トンから300トン。キガリ市の人口は約100万人近いので、一人当たりのゴミの排出量は、0.1-0.3kgとなる。日本人の平均ゴミ排出量は、一人当たり1日1.1kgとされているので、それに比べれば、その1/3以下ということになる。そう考えれば、キガリにおけるゴミの排出量はだいぶ少ない。さらにビニール袋の流通は禁止なので、その分かさばる買い物袋の廃棄物は少ないようにみられる。
Nyanza3
そうはいうものの、持ち込まれる有機物の処理がされていないので、当然臭気がかなりする。雨季になるとさらに深刻となる。一方乾期はたまったメタンガスが火を噴いたり、爆発の危険性が高まる。このような状態の中、この処分場を修復しながら、きちんとした処理をするための新規処分場建設プロジェクトが始動しつつある。夫の方がそのプロジェクトを企画、進行している。
自分も日本で働いていた際には廃棄物処理施設の新規建設プロジェクトに携わったこともあったことから関心があったので、夫とともに現地に何度か足を運んだ。かつて東京中央防波堤処分場はもちろんのこと、全国の様々な処分場や中間処理施設にいったこともあるが全く処理されていない処分場の中を歩くというのは初めてのことだった。歩くと今まで見たことがない風景が広がっていた。
Nyanza smoke
すでに1年以上前に1回見たことがあるが、これだけじっくり歩いてみたのは初めてだった。じりじりと照りつける太陽の下でかつ乾期ということもあり、臭気はなんとか我慢できるものの、あちらこちらに煙が出ていて危険な状態だった。
Nyanza6
ここにいる労働者は70人余り。三本鍬のようなもので入ってきたゴミを均すのが主な仕事だ。
Nyanza labors
こんな状態の中で大人だけでなく子供まで物によってはスカベンジャーをしている姿が見受けられる。
Nyanza1
Nyanza2
小さな子どもを抱えた女性までいた。日本にいたころフィリピンのスモーキーマウンテンの映画を見て、深刻な問題だなと思ったが、似たような処分場に足を運び、大量のハエが飛び交ってぶんぶんとした音の中で歩いたら、まさにその映画の撮影現場にいるような気持になった。
それにしてもここで働く労働者は、ほんとうにたくましい。有機物が多いとはいえ、危険なものも捨てられている。
Nyanza Injection needles
注射針などに刺されてしまう事故も起きている。
Nyanza labor house
しかも彼らはこの現場で寝泊まりしているのだ。こんなところで日々生活したらどんなに健康が侵されるかと心配になるが、この処分場の修善と視察にこられた福岡大学の先生にいわせると、意外にもこうした処分場で生活している人とそうでない人との健康診断をしたら、処分場で生活している人の方が健康状態が良いという調査結果もあったそうだ。それはなぜなのか?悪臭を吸っていろいろな抗体を体の中に自然と作り出したからなのか、不思議な話である。しかし注射針やガラス片などによって怪我をしたりするケースも少なくないので、決して健全な仕事でないことは明らかである。

ある日、彼らを観察していて驚いたことがある。お金に替えられそうなペットボトルなどの回収、金属類の回収に熱心な子供たちだけでなく、食べ物の残りを見つけてはそれを食べてしまう子供たちがいたことである。たまたまマヨネーズの瓶の中に入っていた残りをなめながら食べている子供を見たときには唖然としてしまった。そんなことはしてはいけないと日本人なら誰でも思うのだろうが、お腹をすかしているのかその子供は平気な顔をして食べている。
Nyanza4
さらにいえば、ここで働く人たちだけが大変なのではない。ここの処分場を通らないと生活できない人々がいることだ。乾期は特にそうだが、水の確保は家に水道がない市民にとっては大変な仕事である。この処分場の近隣に住む人々は、この処分場を通ってわざわざ毎日水を汲みに行っている。これも大変な作業である。
私たちは、この国で一応水道的なものがついている家に住んでいるが、同じ国に住んでもこれだけ生活スタイルの違いがあるのがこの国の現状である。むしろ後者がまだ国民のほとんどを占めているのだ。またこうした仕事を担っているのは、決まって女性と子供である。
Nyanza5
その後また廃棄物処分場に車で来た時、今回は外に出ないで中で夫を待っていたら、そこで働く若い男の子たちが数人寄ってきて、電話番号を教えてくれとか、友達になろうといったポーズをとってきた。こんな大変な仕事をしていても笑顔で接する彼らの精神力?には敵わないなと思った。

| Rwanda (環境活動) | 18:19 | comments(2) | trackbacks(0) |