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開発ブームと土地住宅売買ビジネス
ルワンダは、今経済成長の真っ只中にいるが、特にキガリ市内の建設ラッシュは著しい。これに伴って土地の値段も年々高騰している。もともと国できちんと土地の所有権を登録するシステムがなかったのだが、ようやく昨年から登録制度ができ始め、運用し始められた。このシステムの下、土地売買が今いたるところで盛んに行われている。ただし土地の評価額というのはあってないようなもの。キガリの中でもエリアによってだいぶ値段が違うようだ。例えば、街の中心街だと、1m2あたり1万5千円程度(1坪5万弱)。しかし商業地域が中心だ。次に、住居地域。私たちが住んでいるエリアの近くに高級住宅街といわれるところがある。そこだと1m2あたり7000円程度(坪2万3千円強)。その周辺は、もっと単価が下がってきて、1m2あたり500円(坪1600円)から5000円(1坪1万6千円)ぐらいまで幅がある。
example of the land
主要道路沿いに面していると高く、離れると安くなる傾向がある。キガリ市郊外になるとさらに下がってくる。それでも、土地売買をしているルワンダ人の話を聞いたり、書類をみたりすると、土地の価格が年々倍になっていくのが分かる。こういう実態もあり、土地を仲介するビジネスが個人レベルから小さな業者レベルまで存在する。仲介業者を経ずともメーリングリストを通じ、個人間のやりとりで比較的手ごろな値段で土地を入手できる。

一方の住宅、見かけばかりは無駄に大きい家が乱立している。
大邸宅ラッシュ大邸宅ラッシュ2
中の建て付けが良くなかったり、トイレやシャワーの器具が壊れやすかったり、水漏れしたり、入居してみて問題が発生する住宅が多い。それでも、こうした家を買おうとすると1千万円は軽く超える。ルワンダ全体の国土の狭さと人口密度の高さを考えると、キガリ市内に立てられている巨大戸建て住宅は、どう考えても理にかなっていない。あきらかに少数の富裕層向けに建てられている。日本のように人口密度の高いルワンダだが、アパートなるものはほとんどなく、あくまでも戸建てが中心だ。そうすると一般庶民はどこに追いやられてしまうのだろうかと心配になる。現在、市内の低所得層住宅のエリアは、都市計画の中で、ほとんどが新しい住宅群などにとって変わられることになっている。そうなるとかなりの人々が移住を余儀なくされるだろう。低所得者向け住宅群も作られつつあるが、それらは、キガリ市であっても郊外か交通アクセスの悪いところに位置しているケースが多い。こういう街づくりをみると、貧富の差の拡大や所得格差による住居郡の区分けが明らかになってくる。内陸国で資源に乏しいルワンダは、資材のほとんどを輸入に頼っている。そうなると自分たちで建設したとしても決して安くは収まらない。

市内の主要道路沿いの見栄えはどんどんよくなっているが、多くの人々の生活は本当に豊かになっているのか、低所得者層住宅周辺を散策すると疑問がわいてくる。
| Rwanda (日常生活) | 00:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
ルワンダ人の抱えているもの
近年目覚ましい経済成長が進んでいるルワンダ。特に首都キガリ周辺のインフラ整備については、ここ数年でかなりの変化を遂げた。ジェノサイドの傷跡を消し去るような都市の発展。
City center 2
City center
でも、仕事を通じて様々なルワンダ人に接すると、ジェノサイドの頃の想像を絶するサバイバルの日々などが聞かれたり、書物に書き、現在のルワンダの平和と和解の構築に一考を投げかけるものを見せてもらったりと、表向きには見えないことが見えてくる。人々の自立支援に関わっている立場からは考えさせられてしまう。

そんな1人は最近夫の教えている大学の社会人生徒で、またもう1人は私が仕事を通じて知り合ったルワンダ人である。

話を聞いている限り、最初の方は少数派、後者は多数派民族に属していたようだ。前者のルワンダ人は、授業の帰りに私たちの車に同乗した際、ジェノサイドの時から今までどのように生活を過ごしてきたかを話してくれた。

ジェノサイド発生時には、学校で親しくしていた友人が突然、野獣のようになって自分を殺しに来た。そこで彼が言ったのは、自分を殺したければさっさと殺せばいい。しかし殺した後、君がどんなに後悔するかは考えた方がいい、ということだったそうだ。それを聞いた友人は、怖くなって帰ったのだが(彼の父は教会の神父で、彼の発言は、宗教熱心なルワンダ人に天罰への恐れを喚起した可能性が高い)、その後に別の人が襲いに来たという。それでも幸い、彼も含めて彼の家族はほとんど生き延びたが、彼の友人は、本人を除いて親、兄弟姉妹が殺されて、かなり最近まで毎年、追悼期間の頃になると、なんであんなことが起こったのかと問い続け、トラウマ状態だったという。その友人は最近結婚して子供ができ、彼の心の中に変化が訪れているかもしれない、ということであった。
話してくれた本人は、非常に努力家で、かつ思いありのある人物と見受けられた。現在国際機関に勤めているが、よりよい条件のポストを見つけて応募したが、最終に残った候補のあと1人が当時無職の彼の友人であったことを知って、友人に、自分にもまたチャンスがあるからっといってその職を譲ったという。この国で特に職に関しそんな心に余裕がある人物を見たことが無かったので、大変に感心した。そういう人物なので、着実に仕事の実績も伸ばし、家族計画や生活設計も聞いた限り順調で、自らの家も建て始めたようだ。

一方後者のルワンダ人。仕事を通じて知り合った青年だが、唯一現場で信頼が置ける人物だった。プロジェクトの進行にトラブルがあり、本人にお金が払われていない状況だったにもかかわらず、誠実に問題解決を支援してくれた姿に頭が下がる。その彼がふと、本を書いたので見てくれないかというので最近その原稿を読んでみた。すると、彼の非常に重い生き様が見えてきた。彼は多数派だったが、両親はとても良識のある人たちで、差別は最悪のこと、お互いを尊重することは人間の尊厳に関わる基本的なことだとたたきこまれたそうだ。お父さんはジャーナリストでお母さんは貿易商をやっていた。民族の別なく隣人や学校の友達ともうまくやってきた日々。
しかし突然に良好な関係がジェノサイドの勃発とともに崩れてしまった。彼の手記では、現在政権を握っており、当時の虐殺を止めたと言われている少数派の軍も殺戮を行っていたようだ。戦渦が悪化したので、彼らはコンゴに逃れ、そこから一時はガボンまで逃げたという。避難の様子を見ると、当時10歳ぐらいだったかと思うが、そんな年で経験するにはありえないような、想像を絶する、いつ襲われるか分からない恐怖の日々を過ごしている。3年間の海外での逃亡生活から、命からがらルワンダに戻ってきたが、難民収容所にいったん入れられ、そして地元に戻ってくると、まだ多数派への襲撃が終了しておらず、その中でずっと一緒にいた父親をなくし、無実の母親が突然ガチャチャ裁判(虐殺を裁く民衆裁判のこと)に召喚され、犯罪に一切関わっていないにもかかわらず、他人にでっちあげられた証言により有罪扱いになり、19年の刑期で現在も留置所に入れられているという。親が不在同然の状況下で、タンザニアで一部の教育を受けたあと、ルワンダの技術専門学校を卒業し、建築やインフラ整備がらみの仕事を、契約が得られれば、短期で行う日々をすごしている。
彼曰く、現実問題として、多数派出身の人は、教育だけでなく、仕事を得られる機会になかなか恵まれず、不利な立場に置かれているようで、彼などもルワンダでは仕事が難しいので、隣国のタンザニアに職の機会を求めているという。彼の手記には、政治的にまだ言論の自由がなく、有力な野党が事実上存在できない状態を指摘し、そこが改善されたすべてのルワンダ人による国づくりができるような体制づくりを望んでいると書かれていた。実際、2010年の大統領選挙の際には、反体制派の人や政府に批判的なジャーナリストなどがつかまったり、殺されたりする事件があっただけでなく、このような傾向は今でも続いていて、まだ恐怖政治といわなければならない現実もある。
千の丘

二人のどちらの話も自分の中で想像をしたくない、想像ができないようなものだ。しかし、彼らの前向きな姿勢をみていると、小さなことで悩んだりすることが無駄だと思え、自分たちがかなり勇気づけられる。頑張って生きないとと思えてくる。彼らのような若者がルワンダに増えてくれば、この国の将来をを他人まかせにせず自分たちのこととして真剣にとらえられるようになってくるのかなと思う。
| Rwanda (日常生活) | 05:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
ルワンダでの結婚式その2:伝統儀式と地元役所の役割
つい先日、友人であるドイツ人女性とルワンダ人男性との結婚式があり参加してきた。ドイツ人女性は一緒にキニアルワンダ語を勉強している仲間である。ルワンダの結婚式は、近年、結納式、教会、そして披露宴という3段階を経るパターンが多いのだが(伝統的な結婚式はさらに手続が煩雑)、彼らはこの手順のいくつかの一部を混ぜる形での式を開いた。
新郎新婦の着席
両家代表による交渉
この結納式で特徴的なのが、新婦が嫁ぐことを確定させるための両家のやりとりである。新郎の家族代理人が新婦の家族代理人に新婦をもらう許可を得る儀式なのだが、直接的なやりとりではすぐ終わってしまうので、少々冗談を交えて、その娘がいるかどうかは自分が歳をとって忘れてしまったとか、類似姓の女性はいるがその娘のことか、隣人にもいい女性がいるかこちらはどうかなど新婦側が少々の抵抗を示し、しかし最後には了解を出して、新婦が登場するというスタイルである。
新郎の入場
新婦の入場
両親への挨拶
その際、新婦の家族に牛が何頭か贈呈されるのだが、その数が発表される。牛の贈呈といっても本物の牛は通常は登場しないのだが、彼らは、わざわざ2頭の牛を会場に登場させる工夫をした。(実際の贈呈は3頭で、1頭はその後のパーティーで串焼きとして出された)
牛の入場
ダンスの披露
この他に興味深かったのが、この式の前日に行われたキガリ市内の役所での入籍手続だ。日本では、入籍にあたり、ただ書面を提出するだけだが、こちらでの入籍には、役所の所長が仲介をし、1時間ほどかかる。そこでやることは、カップルに、入籍を認めるための、基本的な質問をまず行う。1.あなたは21歳以上ですか?(ルワンダでは男女とも21歳以上でないと結婚ができない)2.あなたの性別は?(同性の結婚は認められない。ただし身体チェックはない(笑))3.あなたは親戚関係ではないですね?(例えば従兄妹同士は結婚できない)

この基本的事項の確認のあと、宣誓書をカップルそれぞれが、ルワンダの国旗を握りながら読み上げ、その後所長から新郎新婦への助言も兼ねたちょっとした質問と話がある。彼らの時は、別のカップルと一緒にこれをやったそうだ。

例えば、所長が新婦に、「今後は、新郎が家の長となりますが、それはあなたにとってどういうことを意味しますか?」(これに対する受け答えは結構難しい。友人もよく分からず「今と特に変わらないし夫に家族の代表としての責任が生じるだけで自分には何も責任はない」と答えて、「それは違う」と所長からたしなめられたようだ)「あと、子供は何人予定していますか?」と聞かれ、子供をしっかり育てるための家族計画の重要性を説くそうだ(ルワンダではいまだに各家庭の平均的な子供の数が5人以上であり、過剰な人口増加の抑制が課題)。

こうした役所での手続を聞くと、地域的なサポートというか面倒見の良さを感じる。日本での入籍は、ドイツなどヨーロッパも似ているようだが、紙切れだけのものであまり地域との結びつきというのは感じない。しかしこうしたスタイルの入籍は、新しく夫婦となるカップルにきちんとしたそれぞれの役割や家族計画について意識を持たせるのに役に立っているのかなと思う。
| Rwanda (日常生活) | 01:48 | comments(1) | trackbacks(0) |
ルワンダの伝統絵画:イミゴンゴ!
先日、ルワンダの数少ない伝統工芸品であるイミゴンゴ(imigongo:「背中」の意味)の生産組合を訪ねてきた。
組合入口2組合入口
イミゴンゴは牛の糞を薄めたものやルワンダでとれる薬草、バナナの葉、土などを配合して出来た自然染料を使って木板にデザインの下書きをし、これらの染料を重ね塗りをして出来たものである。南東部を収めていた王様(領主)の息子が19世紀に家の壁を飾り、家の中を 美しくするために作り出したものだそうで、当時の藁ぶき屋根の家が一般的だったころに壁そのものとして使われていたようだ。しかし、次第に人工塗料を使ったものが、普及してくるに従い、イミゴンゴの生産量にも陰りが見えてきたころ、ある女性団体がこの伝統を守るために再度生産に力をいれた。しかし、1994年のジェノサイドで活動が止まってしまった。その後夫を失った未亡人たちが中心となり、このイミゴンゴの生産活動が再開され、この団体は、イミゴンゴを考案した王子の名にちなみカチラ(Katira)という名前がつけられたそうだ。
歴史的な経緯の説明版も組合の事務所にあり(こうしたたぐいのものは初めて見た!)しっかりしている団体かなという印象を受けた。
特に今年、このイミゴンゴの全国工芸品展での際立った展開が目に付いた他、最近できた高級ホテルの壁を一面に飾る装飾アイテムとして活用されている。
以前からどんな風にこの牛の糞を活用してこの作品をつくりあげるかに非常に興味をもっていたので、直接生産現場に行ってみれたことは大変有意義だった。
イミゴンゴ壁への飾り
工程には3段階あり、一番時間がかかるのが、この自然染料を準備すること、特に黒の色を準備するのに1カ月余りかかるようだ。
黒色づくり
というのも、この黒の色を出すのに、3つの種類の植物を使うのだ。具体的には、バナナの葉を灰にしたものにアロエの葉の樹液ともう一つ別の植物の果実からとれる液体を混ぜて壺に入れ1カ月置くそうだ。
アロエ黒
アロエ液体
イミゴンゴ下書版
この間、デザインの下書きをし、最初のベースの色(自然な緑色)になるのが、牛の糞を水で薄めたものである。これを丁寧に指を使って下書きの上にのせていく要領で塗っていく。水で薄める前の牛糞らしきものを触ってみて臭いを嗅いでみると確かに牛糞!かなり強いにおいがする。
第一段階色塗り
これが第一段階。その後、黒や白、赤などの色を加えていくのが第二段階。
イミゴンゴ塗り作業
この後5日ほど乾燥させ、最後の仕上げの黒を中心とした塗装が最後の段階で、5日ほど乾かすと完成する。この過程を経たものは、牛の糞の臭いがなくなるようだ。(模倣品も出回っているが、違いは、模倣品は牛の糞の臭いがしてしまうことだ。)
したがって、染料を作るところから数えると1カ月半近くかかることとなる。
ちなみに、白は、陶器づくりに使われる白陶土から、そして赤色、黄色、灰色などの色のサンプルを見たが、すべてルワンダでとれる土からつくられる色である。自然な色から来ているので、仕上がりが優しい感じだ。
自然色
さて、デザインがどのように出来たかだが、もともと野生動物のイメージから出来たパターンの基本形があることが分かった。インパラやら象などからイメージされた模様。そのパターンを繰り返したり組み合わせることで美しいイミゴンゴのデザインが出来上がっていく。
デザインのもともと
最近は、こうした幾何学模様だけでなく、ルワンダの踊り手たちが使う道具や踊り手たちを模したデザインなど絵画的なものも出てきた。
しかし、個人的には、壁の装飾として始まったころの白黒をベースとした幾何学模様のものがオーソドックスだが、一番きれいかなと思う。
イミゴンゴ白黒
しかし、象を模した曲線系のデザインも美しいことが分かり、これをサンプルとして購入することにした。
白黒のデザインは、日本の家の壁へのポイント飾りとしてもいけそうだ。
自分たちの壁飾り用には、新しいタイプのもので、色の組み合わせが落ち着いているデザインを選んだ。
イミゴンゴサンプル
油絵とはまた異なる絵画を楽しんでみたい!

| Rwanda (その他活動) | 18:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
ルワンダ全国工芸品品評会
6月下旬にここ数年毎年やっている、全国の郡、県を勝ち抜いてきた工芸品が一堂に集まる催しが今回は、ルワンダ最大の国立競技場、アマホロ(平和)競技場の小ホールの方で、開催された。
主催者の産業貿易省の工芸品担当部長から連絡をもらい、工芸品の評価をするとともに、今後の市場開拓のためのワークショップにも輸出事業者として出席してほしいといわれた。しかし、最終的に都合があわず、ワークショップはまともに出られなかったのだが、工芸品の展示会場には何回か赴いた。
いずれにしても、私が何よりも見たかったのは、昨年と比べ、工芸品の質や種類がどのように変化しているか、だった。
ざっと見たところ、結論としては、昨年に比べ、確実に質や種類に変化がみられ、生産者の技術の向上が見られた。気になったものを列挙してみる。
工芸品展5
工芸品展6
特に昨年とくらべると、Imigongo (イミゴンゴ)という牛の糞を活用してつくるアートは、昨年に比べ、かなり種類が増え、デザインが多様化し、インテリア装飾のアイテムとして魅力的なものになった。こうしたものの中から、日本で、バスケットと一緒にインテリア装飾に使えそうなものを一部サンプルで送ってみようと思っている。
工芸品展1
また、ハンドバッグのたぐいは、以前研修を実施したバナナ繊維を使ったものがまた出展されていたが、中に袋をつけたり、染色や色の組み合わせに工夫がみられた。また、地元産ではないようだが、ubuhibu(ウブヒブ)という繊維をつかって、バナナ繊維バッグと同じようなデザインのバッグを展開した生産者組合もあった。
工芸品展4
工芸品展8
工芸品展9
しかし、バナナ繊維やウブヒブともにまだ粗さがあるので、
完成度をどう上げるかが課題である。現在、バナナ繊維を活かした織物系クラフト製品を新たに開拓すべく、研修案を準備しており、産業貿易省の予算がつけば、すぐに研修を実施する予定である。

また、ルワンダ製革製品の展開は、特に関心を寄せるものだった。比較的最近ルワンダ開発局によって、マサカ地域に革製品や食品加工のためのインキュベーション及び研修施設ができて、注目をしていたが、キガリ市内にも牛の屠殺場があり、皮の加工も展開されているようだ。地元で皮製品が買えるようになると、常に需要があるので、いいビジネスになるだろう。
工芸品展2
陶器に関しては、昨年と同じ団体が出ているようだったが、今年は、一層種類を増やし、デザインも多様化した。陶器が重いのが難点だが、日本人が好きな藍色的な色のものも多く、私も家に、地元の食器を揃えている。今回、また買い足してみた。
工芸品展7
産業貿易省が主催したのは今年が初めてではないのだが、最終日は、品評会の表彰式とファッションショーが、ホテルミルコリンで行われたので、オフィシャルな催しとしては、今年が初めてということになったようだ。
ファッションショーは、品数は少なかったものの、初めての試みとしては、頑張ったんだろうなと思われるものだった。キテンゲをアレンジしたワンピースはユニークだなと思ったものの、多くは洋装のドレスだったので、このあたり、もう少しアフリカらしいドレスの展開ができないかなと素人ながらに感じた。
アフリカ布をいかしたカジュアル巻きスカートや男性もののショーツなどがルワンダの団体を通じて、アメリカ市場に出てきていて、これ日本でもいけるのではないかと思ったが、
http://fashionetc.com/news/fashion/2376-nicole-miller-indego-africa-skirts-shorts-bracelets
こうしたファッションショーに出てくるデザインなどを活かしたものが、カジュアルものに応用できれば、他の市場にも販売できると思われる。

こうした工芸品展や産業展をみると、国の発展ぶり、今力が入れられている産業分野が見えてくると同時に改善点も見えてくるので面白い。
自分もこの改善分野に関わりながら、ルワンダ工芸品の質の向上、製品の多様化、市場開拓に多少なりとも役に立てればと思っている。
来年の品評会へ向けて、新たに目標ができた!

| Rwanda (その他活動) | 02:19 | - | - |