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ルワンダのサファリ!Akagera National Park
日本のゴールデンウィーク中、日本からの友人がはるばるルワンダに来てくれた。
こちらは、残念ながら同じような長期休暇はなかったが、週末を使って来てくれた友人とともに、ルワンダの東部にあるAkagera国立公園にサファリツアーにいった。

通常動物たちは、早朝に活動が活発だということで、前日公園に隣接しているAkagera Lodgeに宿泊してから早朝に備えた。

首都キガリからは2時間半程度でいけるので、出かけやすい。夕食を食べ終わってから友人とともにロッジの周辺を散策していたところ、ロッジからちょっと離れただけで、満天の星が輝いているのを発見して、非常に感激し、なんとかカメラに収められないだろうかと試行錯誤。でも、やはり肉眼にはかなわない。南十字星はもちろんのこと、天の川、逆さまになった北斗七星などがみられ、流れ星も4つぐらいしっかり見れた。うーん。やっぱり前泊してよかった!

さらに早朝の朝焼けもなんともいえない美しさだった。公園周辺は、湖に面しているので、湖面を彩るようにそのあたり一体が赤オレンジ色になって、それから次第に朝日が昇る。その変化がなんとも美しくさわやかだった。
朝焼け2
朝焼け3
朝食を6時過ぎに食べた後、7時過ぎから公園のゲートに行き、入園料と自家用車の入場料を払うと、そこで待ち構えていた公園ガイドが一人来て、同行してくれる。
公園管理事務所
ちなみに、どこもそうなのだが、入園料は、外国人旅行者と外国人住人、そしてルワンダ人とそれぞれ値段が違う。想像ができるかと思うが、この順で安くなる。入場者の数でいうと、意外とルワンダ人が多く、続いて外国人旅行者そして外国人住人の順となる。今年度は、3月まで時点で、平均して毎月千数百人訪れているようだ。
公園からの風景2
このAkagera国立公園は、ケニアなどのいわゆる果てしなく平面的なサバンナが広がっている中でのサファリと違って、丘陵地や湖の風景も楽しみながら、動物を見れるところが魅力だ。1934年に設立したが、ジェノサイド後、サバンナが広がっている地域が帰還者たちの宅地などのため提供され、公園が縮小化したが、2500km2もの広さがある。今回は、時間が限られており、公園の南部を中心にしか回れなかったので、ライオンや象など見れない動物もあった。それでも、5時間ほどのツアーになった。

夫がRAV4を運転して、車の天井を開けて、随所で止まって、顔を出して写真がとれるようにしながら、走った。こういう時に役にたつのが、SUVなのかなと実感。道なき道をガイドとレンジャーの無線でのやりとりをもとに行くので、なかなか時間がかかった。道がきちんと整備されていない分、ちょっとスリリングなサファリを楽しめる。
キリン1
まずは、キリンの居場所探しからはじまった。最初にキリンというのは、順番としてよかったかもしれない。日本からの友人たちは、キリンの小さな群れを見てとても喜んでいた。私も、あらためてキリンってかわいい顔をしているもんだなあと関心。ついつい一緒に写真をとってしまった。
キリンにもグループのボスがいるそうだ。またオスの方が肌が黒っぽいというのも初めて知った。
バッファロー
次に見たのが、バッファロー。彼らも集団で移動しているので、ガイドが無線でやりとりしながら、行き先を指示する。それにしても、ほとんど目印らしいものがないのに、どうやってレンジャーは居場所を伝えるのか、方角に長けてないと難しいだろう。
しばらく道なき道を行くと、ようやく見つかった。こちらもよく観察しているとなかなか愛着がもてる顔をしている。
シマウマ
次のターゲットは、カバだったが、途中で、シマウマの集団に出会ったり、アンテロープの仲間のウォーターバック(Waterbuckやインパラ(Impala)、トピ(Topi)などにも出会った。
Waterbuck
baboo
さらに、2種類のサルも見かけた。バブーン(Baboon)とベルベットモンキー(Vervet Monkey)だ。前者は全体に毛がふさふさしていて、後者は、顔が黒く周りの毛が白っぽいサルだ。
Vervet monkey
ようやく、湖にたどり着き、カバの出没を待つ。カバが全体に顔を出し、口を開けるなどというテレビでみるような風景は見られなかったが、頭を出したカバは見えた。
カバ
その風景の中に、サギ系の白い鳥と、キングフィッシャー(Kingfisher)カワセミ科の鳥)が2羽ちょこんと小枝に留まっているのがかわいらしく、また和やかな感じをかもし出していた。
カバ2
その他、カラフルな鳥たちもみかけた。飛び立つと光り輝くブルーの羽が美しいムクドリの仲間、Blue eared starling、名前はよく確認できなかったが、鮮やかな黄色の鳥も見た。また道沿いにひょこひょこ歩くシャコ(Francolin)も見た。

前評判では、そんなに動物が見れないと聞いていたが、限られた公園の中を回ったとはいえ、結構楽しめた。今回は見れなかったが、この公園には、ハシビロウ(Shoebill)という「何時間も動かない」鳥がいるそうだ。公園内の湖近くにいるとのこと。この鳥をわざわざ見にいく日本のツアーもあると聞いた。確かに写真でみるととても興味深い顔(Shoebillという名のとおり、くちばしが木靴のような大きさをしている)をしていて、ぜひ見てみたいものだ。
キリンと共に
私たちが行った後、ルワンダで教育的ツアーをやっているドイツ人の友人が、この公園の北部を回ったそうだが、かなり動物が見れたそうで、お勧めだといっていた。でもそちらへ行くには、自家用車では行かないほうがいいとか。かなり道がでこぼこかつ結構ぬかるんでいるようだ。
でも、次回は、広大な北部のエリアにチャレンジしてみたい!





| Rwanda (旅行) | 05:25 | comments(1) | trackbacks(0) |
学生になる前に参加すべきSolidarity Campとは?
つい最近、雇っている農業技術者から聞いたのだが、ルワンダでは、大学の入学試験に合格した後、入学前に学生が参加しなければならない合宿があるそうだ。それが、Solidarity Camp (国づくりを支えていく連帯意識を持つための合宿)だ。約3ヶ月間の合宿で、特定の場所に集まって行う。諸事情により事前に参加できない学生は、入学後に通うことも可能だが、通常は大学に入学する前に参加することになっているそうだ。合宿中に様々な科目を学ぶそうで、よい統治とは何か、民主主義に関連する科目(様々な権利や政治制度など)、ジェンダーバランスに関すること、植民地政策から現代の歴史に至るまでの経緯(歴史教育)、そしてジェノサイドイデオロギーを根絶するための講義などの科目からなる。さらに基礎的な軍事訓練もあるそうだ。入学試験の成績順によってクラス分けされるという。クラスの数は年によって違うようだが、最近は、大学に通う学生が増えてきたので、クラスの数も増えているようだ。

科目からみると、日本の一般教養科目の履修に近いものもあるようだが、全国の様々な大学に通う予定の学生を全員かき集めて集中合宿というのはユニークな試みだ。しかも講師として現職の大統領や大臣が直接講義に来たりするのが刺激的だ。小さい国だからできることなのだと思うが、日本では、ちょっと想像しがたい気がする。

こうした合宿は、ルワンダ国防軍に所属する人たち向けにもあるようだが、他にも似たような合宿が見受けられる。例えば、大統領を筆頭に、政府の閣僚、大使などを集めて、街から離れたところで1週間程度泊り込みで、集中的に、1年間の政策を振り返り、何が成果として上がったか、何か課題だったか、また来年までに達成すべき政策目標をどう立てるかなどを話し合う、 Government Retreatというのがある。最近では、教師向けのretreat合宿があり、全国の小、中高生の先生方が集められ、大統領や教育大臣なども参加して、先生たちを激励しながらも指導する様子が見受けられた。特にジェノサイドイデオロギーの撲滅に向けて教育の果たす役割は大きいので、そのあたりの徹底もあらためて指導していたようだ。

こうした取り組みは、すべて現政権になってから行われているものだが、Good Governanceを達成するためのもののようだ。昨年ルワンダは、サブサハラ・アフリカの中で過去5年間で「統治が最も改善された国」としてモ・イブラヒム財団(Mo Ibrahim Foundation)の統治指標ランキングで評価された。 http://www.moibrahimfoundation.org/the-index.asp , http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/7010846.stm 

特に2002年から2005年の3年間で、野党の選挙参加、議会で49%を女性議員が占めるなど(現在世界第1位)女性の政治参加機会の拡大などによって「市民参加と人権」のスコアをめざましく伸ばしたことが総合指標のスコアの向上に影響したようだ。さらに近年、死刑制度も廃止したので、統治指標の今後のスコアの改善に役に立つのではないかと思われる。現政権のリーダーシップにより、ルワンダも目に見える変化が起きている。新しい産業育成を同時に進めながら、未来を支える若者がSolidarity Campなどをきっかけとして高い意識を持って大学に入学し、専門知識を見につけ、国づくりを支える人材がどんどん輩出されることを願うばかりだ。


| Rwanda (日常生活) | 21:20 | - | - |
ジェノサイド追悼週間で観察されること、気付いたこと
新聞記事2
今週は、6日がジェノサイドが開始された日ということで、7日にジェノサイドを二度と繰り返さないようにするため、そして被害者ための追悼式があり、それ以降ずっとこのジェノサイド関連の追悼行事を行ったり、喪に服する期間となっている。テレビでも、ジェノサイドの被害者の写真などを掲載して、追悼歌を歌いながら追悼する番組を延々と流したり、関連するドキュメンタリーが放送されたりしている。ラジオは、ポップなどの軽い音楽は一切流れず、普段聞いたことがなかった落ち着いたクラシック音楽や(といってもどこかのサンプル音源から取り出したような、交響曲のほんの一部だけが延々と繰り返されるようなもの)、なぜかエンヤがかかったりしている。お店も喪に服するため、フル営業はせず、午前中だけであったり、または休みをとっているところもある。どのレベルの学校もこの前後は休みになっており、学校単位で追悼行事を行っているところもあるようだ。ジェノサイドを直接経験していない若者も追悼イベントには参加している人達が多い。ちなみにこの期間の1週間前からNHKの解説委員も取材に来ていた。
新聞記事1
新聞記事もジェノサイド関連ニュースが記事のかなりの部分を占めている。残念なことだが、14年目を迎えた今日でも、時折ジェノサイドのイデオロギーを持った人がジェノサイドで生き残った人やその家族を襲ったりする事件があるようだ。またガチャチャ裁判という市民裁判に関連して、証人として参加する生き残った人達がいじめられたり、襲われたりすることもある。さらには、学校の現場でそうしたイデオロギーを教えているところもあるという事実も、匿名で行った調査で浮き彫りとなっている。

政府では、こうしたジェノサイドのイデオロギーを撲滅するための試みをいくつか進めている。学校教育の現場が非常に大事なので、こうした現場での監督や指導を強めている。またこうしたイデオロギーを流布した学校や教師に対する罰則なども適応されることが検討されている。

普段の生活でジェノサイドの直接的な被害者に遭遇することはほとんどなかったが、つい先日、昨年知り合いになった大学生と会って話したところ新たな事実を発見した。彼とは、昨年たまたまバスで会ってなかなか感じのよさそうな学生だったので、連絡先を交換し、その後、たまにメールを交換したり、携帯のテキストメッセージでやりとりしていた。最近電話がかかってきて、仕事の関係で相談したいということだったので会うことになった。端的にいえば、仕事を探しているので、彼の専門分野の関連でいい情報があったら教えて欲しいということだった。話のついでで、彼の家族について、兄弟や両親はどこに住んでいるのかなどと聞いたところ、兄弟はいないとばかりにちょっと悲しそうな表情で首を振ったので、少し詳しく聞いてみたところ、なんと兄弟と親の一方をジェノサイドで殺されたというのだ。正確には、9人の兄弟がいて、一番上と一番下だった彼以外の7人の兄弟が全部殺されたそうだ。現在一番上のお兄さん(40代)と母親が郊外の村に住んでいるということだった。自分には想像もできない状況でなんと言葉を発していいのか分からず、反応のしようがなかった。彼は、大学の3年目で今年就職をすることを目指しているが、すでに29歳になっていた。ジェノサイドの結果、6年間も復学するのに時間がかかったという。
こちらの学生は、とても若く見えるが、年齢には多少幅があるようだ。それにはこうした問題が背後にある。
彼にどれほどの深い心の傷跡があるのか想像もできないが、明るく頑張って生きている様子が伺えて、こちらも励まされた。こうした心に傷を負っている人達のケアをするのは、そういった経験がない人にとっては大変なことだ。

現在国の和解のプロセスの一つとして、加害者として捕らえられている囚人たちがこうしたジェノサイドで生き残った人々のための住宅の建設に携わるということが行われている。地域によっては加害者と被害者が一緒になって新しいコミュニティーをつくり、生活をし始めているところもある。そう簡単に被害者が加害者について許せる状態になるとは思えないが、様々な人々や国際団体、行政などの支援も受けながら、時間をかけてやっていくしかないのだろう。
1994年の4月6日から100日間で100万人が殺されたといわれるルワンダのジェノサイド、二度と繰り返さないための歴史的な検証や原因究明そして今後の対策への努力は続いていく。
| Rwanda (日常生活) | 06:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
臨機応変のアフリカならでは?のサービス
今日は、農業技術者と新しく届いたJatropha Curcasの種を播くために、キガリから1時間半ぐらい車でいったところにある育苗所に行った。

先週、この種播きを効果的に進めるために、マリで視察した道具を参考に市内の手作り工房所?にお願いして、種播き用道具(種を播きやすいように穴を一定間隔を置いてあけるためのもの)を作ってもらった。そして、それを育苗所へ持っていくことになっていた。
ミニバス1
朝8時ごろ、農業技術者とその道具を持って長距離バスの乗り場へ行って、乗客を誘導する係りの人に乗る予定のバスに道具が入るかどうか確認してもらったところ、どうしても入らず、なんとか乗客の席を4人分使って入るといった状況だった。もしこのままこの道具を載せていくとなると4人分よけいに乗車代を払わなければならないと言われた。それか、道具を半分に切ったら普通に載せられるよということだった。うーんと考えた後、農業技術者と相談して、半分に切っても、両方使えるので問題ないだろうということになり、乗る予定のバスは見送って、道具を半分に切ってから乗ることにした。

もともと道具を作ったときに種をどれくらい播いたかを数えやすくするために適当な穴の数ばかりを考えて、バスに載せて持っていくことを考慮していなかったので、このような問題に直面した。それにしてもここのバスは小型だなとあらためて感じた。

さて、道具を半分に切るには、どこへ頼んだらよいのだろうか。もともと道具を作ってもらったところに行くには場所が離れすぎていていけないし、、、と思っていたら、バスに乗客を案内する役目を担っている男性が、バス停のそばにある思い当たるお店?か何かに頼みに行ってくれたのか、ほどなくしてのこぎりをもったおじさんが現れた。ほう、なんと効率がいい。そしてメジャーで道具を測り、半分のところに印をつけて、線を描き、さっそく切り始めた。よくあることだが、それを何人かの野次馬が見守っている。置き台がなく、手で押さえてやったので、道具の端の方にささくれができたが、なんとか切れた。ちょっとささくれた気になっていたら、ちょと待ってと言って、ほどなくして今度はやすりを持ってきた。それで切れ目やささくれを取り除き、なんとか遜色ない感じになった。並べてみると、ちょっと曲がって切れていることがわかったが、種播き道具の肝心なところが壊れたわけでもないので、しかたがないかと割り切った。
目的地へのバスの頻度が少なかったので、そのあと、1時半ぐらい時間をつぶさなければならなかったが、なんとか現地へいって、道具を効果的に使い、種を播くことができた。
種播き具

それにしても、日本の都市のバスの出発所でバスに荷物が入らないから、バス停の係りの人が臨機応変に大工を探してきて、道具を切るなどという斡旋をすることは皆無だろうから、この点においては、すばやくかつ安く道具を半分に切ることができて幸いだった。

なんだか、便利なのか不便なのかわからない部分が、こちらの面白いところだ。
| 植林とバイオディーゼル | 01:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
「ヒリウッド」ルワンダ映画祭を振り返って
ルワンダに来てから、初めて映画祭に参加した。3月23日から30日まで開催された。ルワンダの映画祭自体は、今年で4回目だそうだが、昨年参加したという夫に聞くと、今年は、昨年に比べスポンサーも増え、はるかに華やかになり、映画の出品本数も増えたようだ。
HillyWood
私たちは、たまたま友人から招待券をもらって開催日に参加したが、確かにキガリにあるホテルは、映画関係者やメディアそして招待者で満員御礼だった。今年のテーマは、「Hillywood Crossroads」(ヒリウッド、新しい展開へ)。ルワンダの地形的な特徴とHollywoodをかけあわせたもので、映画主催者の話しぶりからもハリウッドにも負けないルワンダの映画製作への熱意を感じさせるものだった。

ルワンダの映画といえば、「ホテル・ルワンダ」「ルワンダの涙」など1994年のジェノサイドを描いた外国映画が知られているが、近年、ルワンダ人プロ デューサー並びに監督による現地語での映画製作が増えている。さらに映画製作者や俳優は、米国に学びにいったりしている。

さて、今年の映画の題材だが、やはりまだジェノサイドがらみが多かった。海外の作品を含め、ジェノサイドのドキュメンタリーものが4,5本、ジェノサイドの加害者として捕らえられている囚人たちの生活や夢、DVなどの新たな社会問題、そして現代の若者の夢や苦悩などの短編もあった。

ただ、まだ映画祭をきちんと組織することに慣れていないのか、いつどこでやるのかという情報が錯綜していたり、印刷されている情報が正しくなかったりして混乱している場面もあった。映画祭の会場は、ホテル、レストランや学校のホールなどだった。ルワンダには映画館が1件あるらしいが、まともに使われているのをみたことがない。そういう意味では映画産業はこれからのものなのだろう。

少々不思議だったのは、学校のホールを除き、ホテルやレストランで映画を見ている人のほとんどは外国人だった。恐らく見ているものがジェノサイドがらみだったからかもしれないが、あまりルワンダ人はジェノサイドがらみのものは関心がないようだ。トラウマになっている被害者もいるので当然のようにも思う。

こちらで働いている人がよくこぼすのが「娯楽施設ない」というもの。そういう意味では、もう少し、“娯楽”になるような映画の作成が求められるところだろう。もっとコメディーとか恋愛ものだとかも作成していくと、若者も関心をもって見るような気がした。


| Rwanda (日常生活) | 18:49 | comments(0) | trackbacks(0) |