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ルワンダはビジネスフレンドリー?
自分たちの滞在ビザを確保することや現在行っているプロジェクトやコンサルティングをビジネス展開するため、会社登録をすることにした。11月の下旬から会社登録の手続きを行い、12月1日に登録が完了し、証書が発行された。
会社登録の手続は、通常ワンストップセンターといわれるルワンダ開発局(Rwanda Development Board)で行う。
RDB
RDB2
うたい文句は24時間でできる会社登録!オンライン登録も可能というので、ネットを通じて登録をすることに。インターネットの接続状況がよろしくなく、オンライン登録だけで作業をしていた夫が3日つぶす羽目に。しかも、手続が完了したかと思い度に何か添付書類が足りないというレスが返って来る。また返事をするとそれではなくて、これだといってきた。それにしてもインストラクションが不親切である。初めからきちんとオンラインでも受付窓口でも明らかになっていれば、無駄に作業をしなくて済むし、効率よくできるのだが、そうはいかないのが、アフリカである。
さて、追加の書類に立会人がいるため、ルワンダ人の知り合いに署名をお願いしたりして準備し、オンラインでまた書類を送ると、まもなく、ようやく完了したので、証書をとりに来られたしとの連絡がきたのが、その翌日。登録の手続を始めて約1週間後の12月1日だった。ルワンダ開発局のオフィスに行ってその旨を伝えると、発行された登録証書をくれる。登録料は、通常15000FRW(約2100円)なのだが、これを支払おうとしたら、係員が「オンライン登録の場合は、いらないのよ」といい、何も支払うことなく、会社登録は完了した。
要領を得ないインストラクションもあったが、結果的には、1週間程度で登録できたので、土地購入の登録など他の手続と比べるとはるかにスピーディーではあった。
実際、周辺他国の会社登録の様子を聞くと、はるかに時間とお金がかかるようだ。ケニアで会社を立ち上げたある友人の場合は、会社登録に1年かかり、費用も100万円ぐらいかかったという。賄賂や不正が一般的な国では、外国人にとって会社登録はかなり大変なようだ。
それに比べるとこと会社登録に関しては、ルワンダは、かなり簡単といってもいいかもしれない。しかし、会社設立後の運営による徴税や監査などは、ルワンダは厳しいようで、外資系会社がかなり苦労をしているのを聞いている。この点は慎重に進めなければならないが、登録に関しては、かなり手続を簡素化して、登録しやすくしていることからアフリカの中でも投資促進を進めているだけのことはあるのかなと思えた。
今は基本的に、税金や手数料、投資などで出費のみが続いているが、この立上期間を無事に過ごして「アフリカの営利会社」としてきちんとできたらと思う。肝心の「何をしている会社なのか」については、後日に。
| Rwanda (その他活動) | 17:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
ネイルサロンは男性にも人気
キガリで最近月に1回ペースでペディキュアサロンに入っている。
nail salon
マニキュア・ペディキュアのサロンは、髪のサロンの脇で同時に行われている。1時間ぐらいかけて、爪切り、爪回りの手入れ、足裏クリーニング、マッサージ、色付けを行う。これで、700円弱。お手ごろな値段だ。欧米人の女性達も結構利用している。
しかし、これまで行って興味深かったことは、ネイルサロンには結構ルワンダ人男性客がいるということである。男性たちは、色はさすがに塗らないものの、手と足の爪の手入れを丁寧にやってもらうのだ。日本では、珍しいかと思うが、どうもこちらでは、爪の手入れも所得が安定している男性は面倒くさいのか自分でやらないらしい。ただ、見ていると若者というよりは、中年以上の年齢層の男性が手入れに来ているようだ。
先日は、西アフリカ出身の中年男性と思われる人が私の隣に腰をかけ、なにやらフランス語で話しかけてきた。わかる範囲で適当に受け流し、ちょっと分からないところは、英語で応答する。どうも聞いていたら、国連関係の仕事できているマリ出身の人と分かった。手入れをする女性達にいろいろ話しかけ、笑いをとる。単なる女性好きおやじと見えなくもないが、週末だしこういう時間が気分転換になるのだろうと想像してみていた。

週末の和やかなひと時。なんでも自分でやりたがる日本人にとってはちょっと贅沢なサービスだが、ルワンダ人やお客さんとコミュニケーションをとるにはいい場かもしれない。
| Rwanda (その他活動) | 18:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
開発ブームと土地住宅売買ビジネス
ルワンダは、今経済成長の真っ只中にいるが、特にキガリ市内の建設ラッシュは著しい。これに伴って土地の値段も年々高騰している。もともと国できちんと土地の所有権を登録するシステムがなかったのだが、ようやく昨年から登録制度ができ始め、運用し始められた。このシステムの下、土地売買が今いたるところで盛んに行われている。ただし土地の評価額というのはあってないようなもの。キガリの中でもエリアによってだいぶ値段が違うようだ。例えば、街の中心街だと、1m2あたり1万5千円程度(1坪5万弱)。しかし商業地域が中心だ。次に、住居地域。私たちが住んでいるエリアの近くに高級住宅街といわれるところがある。そこだと1m2あたり7000円程度(坪2万3千円強)。その周辺は、もっと単価が下がってきて、1m2あたり500円(坪1600円)から5000円(1坪1万6千円)ぐらいまで幅がある。
example of the land
主要道路沿いに面していると高く、離れると安くなる傾向がある。キガリ市郊外になるとさらに下がってくる。それでも、土地売買をしているルワンダ人の話を聞いたり、書類をみたりすると、土地の価格が年々倍になっていくのが分かる。こういう実態もあり、土地を仲介するビジネスが個人レベルから小さな業者レベルまで存在する。仲介業者を経ずともメーリングリストを通じ、個人間のやりとりで比較的手ごろな値段で土地を入手できる。

一方の住宅、見かけばかりは無駄に大きい家が乱立している。
大邸宅ラッシュ大邸宅ラッシュ2
中の建て付けが良くなかったり、トイレやシャワーの器具が壊れやすかったり、水漏れしたり、入居してみて問題が発生する住宅が多い。それでも、こうした家を買おうとすると1千万円は軽く超える。ルワンダ全体の国土の狭さと人口密度の高さを考えると、キガリ市内に立てられている巨大戸建て住宅は、どう考えても理にかなっていない。あきらかに少数の富裕層向けに建てられている。日本のように人口密度の高いルワンダだが、アパートなるものはほとんどなく、あくまでも戸建てが中心だ。そうすると一般庶民はどこに追いやられてしまうのだろうかと心配になる。現在、市内の低所得層住宅のエリアは、都市計画の中で、ほとんどが新しい住宅群などにとって変わられることになっている。そうなるとかなりの人々が移住を余儀なくされるだろう。低所得者向け住宅群も作られつつあるが、それらは、キガリ市であっても郊外か交通アクセスの悪いところに位置しているケースが多い。こういう街づくりをみると、貧富の差の拡大や所得格差による住居郡の区分けが明らかになってくる。内陸国で資源に乏しいルワンダは、資材のほとんどを輸入に頼っている。そうなると自分たちで建設したとしても決して安くは収まらない。

市内の主要道路沿いの見栄えはどんどんよくなっているが、多くの人々の生活は本当に豊かになっているのか、低所得者層住宅周辺を散策すると疑問がわいてくる。
| Rwanda (日常生活) | 00:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
ルワンダ人の抱えているもの
近年目覚ましい経済成長が進んでいるルワンダ。特に首都キガリ周辺のインフラ整備については、ここ数年でかなりの変化を遂げた。ジェノサイドの傷跡を消し去るような都市の発展。
City center 2
City center
でも、仕事を通じて様々なルワンダ人に接すると、ジェノサイドの頃の想像を絶するサバイバルの日々などが聞かれたり、書物に書き、現在のルワンダの平和と和解の構築に一考を投げかけるものを見せてもらったりと、表向きには見えないことが見えてくる。人々の自立支援に関わっている立場からは考えさせられてしまう。

そんな1人は最近夫の教えている大学の社会人生徒で、またもう1人は私が仕事を通じて知り合ったルワンダ人である。

話を聞いている限り、最初の方は少数派、後者は多数派民族に属していたようだ。前者のルワンダ人は、授業の帰りに私たちの車に同乗した際、ジェノサイドの時から今までどのように生活を過ごしてきたかを話してくれた。

ジェノサイド発生時には、学校で親しくしていた友人が突然、野獣のようになって自分を殺しに来た。そこで彼が言ったのは、自分を殺したければさっさと殺せばいい。しかし殺した後、君がどんなに後悔するかは考えた方がいい、ということだったそうだ。それを聞いた友人は、怖くなって帰ったのだが(彼の父は教会の神父で、彼の発言は、宗教熱心なルワンダ人に天罰への恐れを喚起した可能性が高い)、その後に別の人が襲いに来たという。それでも幸い、彼も含めて彼の家族はほとんど生き延びたが、彼の友人は、本人を除いて親、兄弟姉妹が殺されて、かなり最近まで毎年、追悼期間の頃になると、なんであんなことが起こったのかと問い続け、トラウマ状態だったという。その友人は最近結婚して子供ができ、彼の心の中に変化が訪れているかもしれない、ということであった。
話してくれた本人は、非常に努力家で、かつ思いありのある人物と見受けられた。現在国際機関に勤めているが、よりよい条件のポストを見つけて応募したが、最終に残った候補のあと1人が当時無職の彼の友人であったことを知って、友人に、自分にもまたチャンスがあるからっといってその職を譲ったという。この国で特に職に関しそんな心に余裕がある人物を見たことが無かったので、大変に感心した。そういう人物なので、着実に仕事の実績も伸ばし、家族計画や生活設計も聞いた限り順調で、自らの家も建て始めたようだ。

一方後者のルワンダ人。仕事を通じて知り合った青年だが、唯一現場で信頼が置ける人物だった。プロジェクトの進行にトラブルがあり、本人にお金が払われていない状況だったにもかかわらず、誠実に問題解決を支援してくれた姿に頭が下がる。その彼がふと、本を書いたので見てくれないかというので最近その原稿を読んでみた。すると、彼の非常に重い生き様が見えてきた。彼は多数派だったが、両親はとても良識のある人たちで、差別は最悪のこと、お互いを尊重することは人間の尊厳に関わる基本的なことだとたたきこまれたそうだ。お父さんはジャーナリストでお母さんは貿易商をやっていた。民族の別なく隣人や学校の友達ともうまくやってきた日々。
しかし突然に良好な関係がジェノサイドの勃発とともに崩れてしまった。彼の手記では、現在政権を握っており、当時の虐殺を止めたと言われている少数派の軍も殺戮を行っていたようだ。戦渦が悪化したので、彼らはコンゴに逃れ、そこから一時はガボンまで逃げたという。避難の様子を見ると、当時10歳ぐらいだったかと思うが、そんな年で経験するにはありえないような、想像を絶する、いつ襲われるか分からない恐怖の日々を過ごしている。3年間の海外での逃亡生活から、命からがらルワンダに戻ってきたが、難民収容所にいったん入れられ、そして地元に戻ってくると、まだ多数派への襲撃が終了しておらず、その中でずっと一緒にいた父親をなくし、無実の母親が突然ガチャチャ裁判(虐殺を裁く民衆裁判のこと)に召喚され、犯罪に一切関わっていないにもかかわらず、他人にでっちあげられた証言により有罪扱いになり、19年の刑期で現在も留置所に入れられているという。親が不在同然の状況下で、タンザニアで一部の教育を受けたあと、ルワンダの技術専門学校を卒業し、建築やインフラ整備がらみの仕事を、契約が得られれば、短期で行う日々をすごしている。
彼曰く、現実問題として、多数派出身の人は、教育だけでなく、仕事を得られる機会になかなか恵まれず、不利な立場に置かれているようで、彼などもルワンダでは仕事が難しいので、隣国のタンザニアに職の機会を求めているという。彼の手記には、政治的にまだ言論の自由がなく、有力な野党が事実上存在できない状態を指摘し、そこが改善されたすべてのルワンダ人による国づくりができるような体制づくりを望んでいると書かれていた。実際、2010年の大統領選挙の際には、反体制派の人や政府に批判的なジャーナリストなどがつかまったり、殺されたりする事件があっただけでなく、このような傾向は今でも続いていて、まだ恐怖政治といわなければならない現実もある。
千の丘

二人のどちらの話も自分の中で想像をしたくない、想像ができないようなものだ。しかし、彼らの前向きな姿勢をみていると、小さなことで悩んだりすることが無駄だと思え、自分たちがかなり勇気づけられる。頑張って生きないとと思えてくる。彼らのような若者がルワンダに増えてくれば、この国の将来をを他人まかせにせず自分たちのこととして真剣にとらえられるようになってくるのかなと思う。
| Rwanda (日常生活) | 05:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
ルワンダでの結婚式その2:伝統儀式と地元役所の役割
つい先日、友人であるドイツ人女性とルワンダ人男性との結婚式があり参加してきた。ドイツ人女性は一緒にキニアルワンダ語を勉強している仲間である。ルワンダの結婚式は、近年、結納式、教会、そして披露宴という3段階を経るパターンが多いのだが(伝統的な結婚式はさらに手続が煩雑)、彼らはこの手順のいくつかの一部を混ぜる形での式を開いた。
新郎新婦の着席
両家代表による交渉
この結納式で特徴的なのが、新婦が嫁ぐことを確定させるための両家のやりとりである。新郎の家族代理人が新婦の家族代理人に新婦をもらう許可を得る儀式なのだが、直接的なやりとりではすぐ終わってしまうので、少々冗談を交えて、その娘がいるかどうかは自分が歳をとって忘れてしまったとか、類似姓の女性はいるがその娘のことか、隣人にもいい女性がいるかこちらはどうかなど新婦側が少々の抵抗を示し、しかし最後には了解を出して、新婦が登場するというスタイルである。
新郎の入場
新婦の入場
両親への挨拶
その際、新婦の家族に牛が何頭か贈呈されるのだが、その数が発表される。牛の贈呈といっても本物の牛は通常は登場しないのだが、彼らは、わざわざ2頭の牛を会場に登場させる工夫をした。(実際の贈呈は3頭で、1頭はその後のパーティーで串焼きとして出された)
牛の入場
ダンスの披露
この他に興味深かったのが、この式の前日に行われたキガリ市内の役所での入籍手続だ。日本では、入籍にあたり、ただ書面を提出するだけだが、こちらでの入籍には、役所の所長が仲介をし、1時間ほどかかる。そこでやることは、カップルに、入籍を認めるための、基本的な質問をまず行う。1.あなたは21歳以上ですか?(ルワンダでは男女とも21歳以上でないと結婚ができない)2.あなたの性別は?(同性の結婚は認められない。ただし身体チェックはない(笑))3.あなたは親戚関係ではないですね?(例えば従兄妹同士は結婚できない)

この基本的事項の確認のあと、宣誓書をカップルそれぞれが、ルワンダの国旗を握りながら読み上げ、その後所長から新郎新婦への助言も兼ねたちょっとした質問と話がある。彼らの時は、別のカップルと一緒にこれをやったそうだ。

例えば、所長が新婦に、「今後は、新郎が家の長となりますが、それはあなたにとってどういうことを意味しますか?」(これに対する受け答えは結構難しい。友人もよく分からず「今と特に変わらないし夫に家族の代表としての責任が生じるだけで自分には何も責任はない」と答えて、「それは違う」と所長からたしなめられたようだ)「あと、子供は何人予定していますか?」と聞かれ、子供をしっかり育てるための家族計画の重要性を説くそうだ(ルワンダではいまだに各家庭の平均的な子供の数が5人以上であり、過剰な人口増加の抑制が課題)。

こうした役所での手続を聞くと、地域的なサポートというか面倒見の良さを感じる。日本での入籍は、ドイツなどヨーロッパも似ているようだが、紙切れだけのものであまり地域との結びつきというのは感じない。しかしこうしたスタイルの入籍は、新しく夫婦となるカップルにきちんとしたそれぞれの役割や家族計画について意識を持たせるのに役に立っているのかなと思う。
| Rwanda (日常生活) | 01:48 | comments(1) | trackbacks(0) |