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ルワンダの伝統的な服と中華料理屋の女性用の制服とのギャップ
ルワンダの伝統的な服、特に全国的にみられる女性の服装でいえば、アフリカの布キテンゲを使った上下おそろいの生地で2ピースのものか、長いワンピース。それに頭に巻くものがあると完璧だ。
キテンガ
また結婚式などフォーマルな場で身につけるドレスのたぐいもスカート丈が足までつくインドのサリーのようなもの(mishinanaという)が通常で、どれもスカートが長いのが一般的である。mishinana

ところが、この伝統などはおかまいもせず、中国式?のひざ上の短いスカート制服を女性に着せるレストランが首都キガリの最近あちらこちらに出来ている(それだけ、新しくできるレストランに中華料理が増えている)。といっても、最初はそうした女性の給仕用の服を注意して見てはいなかったのだが、いくつかの中華料理屋でうちの運転手が、給仕の女性に「なぜスカートがそんなに短いのか?」という質問をしていているのを見て、その服装がルワンダでは珍しいことに初めて気づいた。

興味深かったのは、そうした女性たちの運転手への答えである。彼女たちは、この短いスカートが好きではなく、身につけたくもないらしいのだが、制服として与えられていて仕方なく着ているとのことだ。

ルワンダ人の男性から見ても、このスタイルは娼婦のようで好ましくないらしいのだが、女性たちにも違和感があるというのが本音というのが興味深い。やはり伝統的な服のスタイルとは違うことからなんだか恥ずかしいということもあるのだろう。それにしても、相次いでできた中華料理屋でそろって女性の制服のスカートが短いというのはどういうことなのだろうか。地元の服のスタイルを全く考慮せず、中国式というのかアジア的というのかそうしたスタイルを押しつけるのはよろしくないだろう。
| Rwanda (日常生活) | 16:26 | comments(6) | trackbacks(0) |
タンザニア、アルーシャへの車での視察旅行とルワンダとの違い
3月の中盤に植林とバイオ燃料のプロジェクト関係の先進事例を見るためタンザニアのアルーシャへ雇っている農業技術者と運転手そして夫とともに訪れた。
Arusha
目的地は、キガリから1,000kmあまり離れているアルーシャ。東アフリカを以前長距離バスの運転手として走ったこともある運転手のレミーと相談したところ、アルーシャは行ったことがないが、12時間ぐらいでいくのではないかということで朝4時半すぎに出発し、みんなをピックアップして5時前にキガリを出発した。しかし、国境付近と、国境を越えてからいくつか難点があり、予想をはるかに超えて時間がかかりなんと20時間以上もかけてアルーシャにたどり着くことになった。そのトラブルのいくつかを上げてみる。
トラブル1.国境のタンザニア側での収賄疑惑?
国境を越える手続きは、まずルワンダ側で出国の手続きを行った後、数メートル先のタンザニア側での入国手続きとなりVISA等手続が済めばすぐに入国可となる。そこで問題が発生した。私達の車はUNのプレートがついて明らかに外国人の乗っている車だったためか、タンザニア側の車の入国許可を出す担当者が、ルワンダ側のルワンダ国税局で車の証明書?なるものがないと入国させないと言ってきた。しかたがないので、ルワンダ側に戻り、ルワンダ側の担当者にお願いして出してもらったが、通常は求められないそうだ。担当者によれば、彼らが時間稼ぎをし、賄賂を要求するつもりだったのではといわれた。それは最も避けたいところ。運転手に証明書をもって賄賂を求められないよう気をつけて処理するようお願いした。なんとかそのあとはさらに言われることはなく、通してもらうことになったが、予想外に時間がかかり国境付近で50分近く過ごす羽目に。
トラブル2.アルーシャに向けて道路走行中に警察に不合理に止められ罰金を請求される
タンザニアのアルーシャに向けて走行中、1/3ぐらいまで来たかどうかというところ、道路沿いに駐留していた警察官のグループに止まるよう指導された。警察によれば、スピード違反だというのだ。スピードガンを示し、ここは50km制限で、君たちの車77kmだから罰金20ドル払えというもの。しかし私達がみたところ警察の前を通る直前の標識は100km制限を指しており吹っかけられているようにしか思えない。とりあえず、運転手のレミーが代表して交渉を英語とスワヒリ語を混ぜてやってくれ、最後は5ドルを払うしかないというところまで来て、私達をちらりと見た後、結局警察側が払わなくてよいとして行かしてくれた。
ルワンダと違ってタンザニアやケニアでは賄賂が横行しているようなので、こうした警察による不合理な罰金請求はあまり驚くべきことではないようだ。しかしこれによってまたしても40分ぐらいロスをしてしまった。
トラブル3.最後300km未舗装の道
さらに誤算だったのが、残り300km余りというところで舗装していない道しかアルーシャへ辿りつく方法はないということが地元の人たちの話でわかり(事前にグーグルマップで見た時には、道の状態までは見えなかった)目の前が真っ暗になってきた。ガソリンスタンドの若者は、バスだと7時間ぐらいかかるらしいといっていた。その時、すでに夕方の6時を回っていた。道が舗装されていないということは、明るいうちはまだある程度のスピードでいってもコントロールができるが、暗くなったらスピードは出せないし、のろのろ運転でいくしかない。いったいいつになったら着くのか。レミーを励ましながらみんなで頑張って目的地へ向かった。国立公園付近の未舗装道路はあたりが真っ暗で、建物らしいものが見当たらなかった。日中はどんな風景なのだろうか、夜だと薄気味悪い感じだ。
一寸先は闇 Arushaに向かう道で
ようやく夜中12時半を回ったころ、アルーシャの街へ入るための警察チェックがあり、ようやくアルーシャに着いた。頭がぼーっとしながら、なんとかホテルを探したどり着いたのが夜中の1時ごろ。朝4時半に家を出たのだから21時間近くかけてようやくアルーシャに着いたことになる。どおりで車で行くという人を聞いたことがないと思った。こんなに遠いのね、、、、と実感。かなり無謀な旅になってしまった。

後日アルーシャにある日本人が経営する日本食レストランに行ってわかったのだが、アルーシャは結構銃を突きつけた強盗、収奪事件が多く、夜、道を走っていて場所によっては罠をかけて止めさせ集団でやられるケースも多いという。なので、夜中走ってきて無事にホテルに到着したこと自体かなり幸運だったことになる。あとで考えると恐ろしいが、二度とこういう行き方はやめようと決めた。帰りは別のルートで国立公園を通って2日かけていくというもの。国立公園を通過するのでお金はかかるものの現実的な選択だった。
予想を超える長時間の旅とはいえ、アルーシャまでの行きと帰りのNgorongoro保護地区やSerengeti国立公園などを通ってきて、タンザニアの風景は、ルワンダとはかなり違うスケールの大きさを感じた。
岩が隆起した地形
Ngorongoro national park
Masai lady
果てしなく続くサバンナの風景や太古とのつながりを感じさせる大きな岩が隆起した地形の数々。アフリカらしい広大な風景が広がっていて美しい。
マサイ族の定住地域でもある。
Ngorongoro national park
Ngorongoro national park2
Ngorongoro national park3
Serengeti National Park
ルワンダとの国境からそう離れていないところは、結構森が残っている。
Forest in Tanzania
しかし視察先のパートナーグループによれば、かなりのスピードで森が焼失しているという。
そのため、ジャトロファなど薪やケロシンの代替燃料となる木を植えてそうした木の伐採に歯止めるかける活動を展開しているのだ。
視察先付近ではアフリカ最高峰キリマンジャロも眺められ、反対側の道路には、地元の山、メロ山が立ち聳えている。とても壮大な景色だ。こんな風景を毎日見ながら生活しているんだからせかせかするわけがない。人も自然と気持ちのおおらかなのんびりした傾向になるだろう。
Mt. Kilimangaro
ルワンダでも結構視野が広いと感じたが、タンザニアはその比ではない。ルワンダの場合、ほとんどが丘状の地形のため、その分水平線の広がりが感じられないのかなと思う。アルーシャのあたりは、結構土が火山灰の混じった良質のもので穀物の育ちがよいようだ。代替燃料対策で植えているジャトロファは、穀物の畑を邪魔することなく、穀物の周りに囲いや生垣として植えられている。
Jatropha site
すでに10年以上にわたり、この団体が関与する前からこの木が植えられていたようだが、木の活用方法がわからずにただ切り倒されていたようだ。そこでこの団体では、ジャトロファの種から絞った油の活用方法を実際に活用しやすい道具(ケロシンや薪の代わりになるジャトロファ用ランプや調理用ストーブ)や石鹸を自前で開発し普及啓発活動をしている。
cooking stove
Jatropha soap
すでに協力しているいくつかの農家のグループでは実際に油を抽出し、石鹸をつくって地元で売るサイクルを始めている。
興味深かったのは、ジャトロファの花を使って蜂の巣をつくる仕組み。
Jatropha beehive
ジャトロファの花を活用してできた蜂蜜はさらに栄養価が高いとの結果が出ているという。ルワンダでも、養蜂は近年盛んになってきているので調査は必要だが、やってみる価値はありそうだ。

ルワンダでは気がつかなかった1994年の内戦の影響を感じさせたのが、タンザニア人のルワンダ人に対する反応である。ルワンダと違いタンザニア、ケニア、コンゴなど近隣の国々は、民族の数も多いうえ、言語の数もそれに応じて異なる。しかしルワンダの場合は、言葉も同じなのに部族を区別し格差を設けていた。タンザニア人にとっては、民族の違いは言葉も違うことから尊重されており、繊細な問題ととらえていないのかもしれない。こちらがドキッとしたのが、車の中で先頭に座っていたルワンダ人二人(農業技術者と運転手)にかけた質問である。「それで二人はフツ族系なの?鼻がすっとしていないし、、、」ルワンダにいる限りルワンダ人としてID登録している今、こうした質問をするのは過去の紛争時の問題を再燃させかねないのでセンシティブなことである。しかも容姿の特徴からそうしたことを指摘するのはますますよろしくない。
しかし黙って様子を見るしかないとやりとりを聞いていた。農業技術者のアレックスがこう切り返した。僕たちはフツ系ではないけれども、今は、ルワンダ人として生活していて、元フツ族やツチ族の人たちを容姿で判断することは難しくなっているんだ。混ざっている人も多いし。フツ系の人も鼻筋が通っていてきれいな人も結構出てきているんだよ。」っと。今度は運転手のレミー方がちょっと疑問をなげかけるように「なんでぼくがフツに見えるんだい?」とも聞き返していた。私達は、かつて彼らにそうした質問を聞いたことがなかったのでなんだか居心地が悪かった。
しかしここだけでなく、キガリに戻る途中のムアンザというタンザニアで2番目に大きい町にあるホテルに滞在したときも同じことが起きた。あとでレミーが教えてくれたのだが、今回の旅で10人近くに同じような質問をされたそうだ。かつて彼がウガンダに行った時もウガンダにいるルワンダ人と思われる人に君はIntelligence (秘密警察)か?と聞かれたこともあるという。どうもこうして質問をしてくる人たちは1994年のジェノサイドが起きた時に加害者として関わり、近隣の国に逃げた人たちが多いという。ルワンダに戻ってくると即つかまり牢屋に入れられるため、タンザニア人やウガンダ人として生活をしながら戻って来られないままになっているそうだ。
ルワンダにいる限り、表向きこうした過去の紛争の影を深入りせずとも活動はできるのだが、かえって他の国に行った時にあからさまになってくるのが皮肉なことだと思った。幸い二人ともさほど気にしていないようだったが、過去の内戦の傷跡は近隣の国の人々との関係も含めてまだまだ消えないもののようだ。

タンザニアの壮大な風景を見た後、ルワンダに戻ってくると人口密度の高さや道の狭さに気付かされる。でも夕日が連なる丘の上にかかり静かに落ちていく風景を見て何やらほっとした気分になった。よかった無事に帰ってきた!
| Rwanda (環境活動) | 11:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
ルワンダバスケットビジネスの進展!
日本とルワンダの懸け橋となるルワンダのバスケットの輸出・販売ビジネスが開始されてから8ヶ月以上経過した。その間に3回の輸出を行い、1,000個以上のバスケットが日本に届けられた。

日本側では、その間、RuiseBの小澤さんが販路の開拓を熱心に行っていて、JETROなどを通じても少しずつルワンダバスケットに対する取り扱い要望などが来ていたが、12月に行われたインテリアデザイン展への参加でさらに注目を集め、有名デパートやインテリアショップからも取扱希望が出てくるようになった。
interior design show
先月小澤さんが再度ルワンダに来られた際に、15の組合に属する女性たちの代表者たちを呼び、キガリ市と共同でワークショップを開催した。
basket workshop
今回のワークショップの主たる目的は、バスケットの日本市場での反応を紹介した上で、さらにバスケット作製にあたって品質向上のための課題の確認を行う一方、織り子の女性たちのこれまで行った品質の安定性と向上への努力の報告と私たちのオーダーにより生活がどのように変化したかについての報告を聞くことだった。
basket workshop2
織り子の女性たちは、正直自分たちの製品が日本で売れることをあまり期待しておらず懐疑的だったようだが、日本市場での高反応を聞いて、少し自信がもてたようだった。日本市場で売れるということが確認できて、一層頑張ろうという意識になれた女性たちの様子を伺うことができた。
特に私たちが嬉しくも驚きながら聞いたのが、これまでのオーダーによる生活の変化である。今までは15の組合のでき具合に差があり、納入されるところとされないところがあった。特に上手につくる女性たちがかなり収入を向上させ、彼女自身や家族の生活向上に役に立っているようだ。
ある女性は、このプロジェクトを始めたばかりのころは、まともに食べれず、子供たちを学校に行かせても食べ物も必要な道具も与えることができず、家の家賃も払えないので、家を追い出されたりすることもあり、精神的にもつらく病気がちだったそうだ。それが、このビジネスを通じて、収入が向上し、衣食が得られるようになっただけでなく、子供たちを学校に行かせるための制服、テキストやノート購入費用、家賃などが払えるようになり、近所の女性から顔色がよくなったねといわれるようになったそうだ。
織り子の女性たちは、夫がいないケースが多く、彼女たちが家族を支えざるを得ない状況なので、安定した収入が得られるようになったことが大きいのだろう。他にも姉妹の教育のサポートができるようになったり、香水が買えるようになった上で、彼氏も出来た女性の話もあった。
Weavers happy voice
前回7月にワークショップを行ったが、4か月の間にこんなにも生活に変化をもたらし、彼女たちの生き生きした表情をみることが出来たのは、期待していた展開とはいえ、大変嬉しいことだった。
今後このビジネスを通じて実現したい目標などを聞くと、お金をためて「家を建てたい」という声が多く聞かれた。より前向きな目標をもてるようになったのは彼女たちの自信回復の現れでもあるのだろう。
after the workshop with weavers
こうした生活の変化をより多くの女性たちが享受できるように、まだ生産能力が高くない組合の女性たちの技術を向上させるための研修を行うことにした。
training
ものの流行りすたりが激しく、かつ高品質が求められる日本市場で継続して販売していくのは簡単ではない。市場のニーズも見据えながら商品開発を進めていくことが今後求められていくと思うが、ビジネスを通じて継続的に織り子の女性たちの自立支援、自信回復を間接的に促し、対等なパートナーシップを築くことができればと思う。
| Rwanda (その他活動) | 17:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
バナナ繊維プロジェクトその後
Banana fiber projectが少しずつルワンダでも知られ始めている。用途がほとんどない収穫後のバナナの幹からとれる繊維を活かして様々なバナナ繊維製品を創出しようというプロジェクト。2008年の11月からルワンダで始まった。ルワンダだけで、バナナの生産量は、年間2.5百万トンほどあり、1本のバナナの幹からとれる繊維はわずかなものの、年間1,500トン以上の繊維を採取することが可能である。これらの潜在的な繊維を活かせば、バナナ農家の新たな収入源になるだけでなく、様々な製品開発によりバナナ繊維産業を確立することにつながる。それにより、関連技術者や雇用の創出が生まれる。
バナナ繊維の活かし方は、服地など布地化を始めとして、工芸品や紙製品、生理用ナプキンの吸収剤、建築用資材など可能性がいろいろとある。
布地化を実現するには、ルワンダでは課題があった。バナナ繊維を綿などと混ぜるにはバナナの繊維を混ぜられる程度に開繊し、軟化する必要があるのだが、まだ地元の繊維会社ではその適切な技術を見いだせていなく試行錯誤している。
一方、2008年10月に多摩美術大学のバナナテキスタイルのチームが来られ、バナナテキスタイル技術の紹介だけでなく、バナナの繊維(不織布や紡ぎ糸)を使ったバッグやランチョンマットなどの実習を行い、参加者に大変好評を得てバナナ繊維プロジェクトのルワンダでの始動となった。しかし、その後、研修生が自分たちで工芸品を作る方向へは、道具や紡ぎ糸が手に入らないなどの問題で進んでいなかった。
そこで、バナナの繊維を抽出した後、紡ぎ糸にせずとも手工芸品を作る方法を身に着けバナナ繊維手工芸品の開発につなげるため、インドからバナナ繊維をつかった手工芸品の指導に携わっている講師に来てもらい研修を行うことにした。
ルワンダ国内のすべての州からなんらかの手工芸品制作の活動に携わっている経験者を20人集め、12月の上旬から10日間、研修を行った。
繊維の抽出、染色、組み紐づくり、そして様々な製品を作る実践演習を行った。
banana fiber extraction
banana fiber extraction2
braiding practice
dying material dry
braiding practice
バナナ繊維は初めてあっても手工芸品制作のプロセスは理解している参加者がほとんどだったので、研修は比較的スムーズに進んだ。
group work
最初はいくつかのグループに分かれて、ある特定の製品をグループで役割分担しながら作る演習を行い、そのあとは、参加者のそれぞれが個人の作品をつくってもらい、よい作品を作った参加者には賞品を贈呈することにした。
bag sample
結果としてそれがいい刺激剤になり、参加者の中には、寝る時間を惜しんで作るものもいた。
10日間という短い期間で様々な形のショルダーバックやマット、草履、テーブルマット、ボトル入れ、人形や小鳥の置物などが制作された。
bottle carrier bag
banana sandals
individual products
individual products2
もちろん商品として売っていくには、さらに製品の精度を上げて、よりセンスのよいものに仕上げていく必要があるが、最初の試みとしては、参加者が納得のいく内容になったのではないかと思う。個人作品の作製にあったって講師が教えずとも参加者が自分たちで考えて、オリジナリティーのあるものが出てきたのは意外だったが、今後の製品づくりに期待がもてるものとなるだろう。
group photo with all participants and organizers
その後フォローアッププログラムとして研修会直後に研修を受けたトレーナーのところをいくつか回り、すぐに身につけた技術を組合仲間に伝え始めているか、指導にあたって何か課題がないかなどを見に行った。組合の中には、習った技術を仲間に伝えるだけでなく、アクセサリーなど新商品開発をし始めているところもあった。
banana fiber earring
一方、適当な針、製品作成に必要な糸そして糸きりばさみなどの入手が難しいといった課題があり、今後トレーナーが住む地域の周辺で、そうした道具を入手できるようにする流通ルートの開発が必要と思われる。トレーナーとなった研修生たちが地元に戻って技術を伝えながら改善する努力を随時見守りながら、必要であれば、デザイン力をつけながら製品を完璧に仕上げる研修を検討しようかなと思う。


| Rwanda (環境活動) | 22:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
オフィスは7時始業、金曜日の午後はスポーツデー
もう数か月も前からだが、ルワンダの全ての政府機関の始業時間が7時からになった。以前は、政府機関の中でも7時からのところと8時からのところがあり、終了時間も3時半のところから5時までのところとあったのだが、大統領の鶴の一声か、すべての政府機関が7時から始業、5時終了となった。単純にいえば、始業が早くなった上に終了時間が変わらないため、労働時間が延びたことになる。一方、以前は、金曜日まで仕事があったのだが、金曜日の午後は、スポーツ活動をするための時間となり、基本的には休みとなった。したがって、このスポーツデーの時間を考慮すると以前とあまり実質労働時間は変わらなくなる。

なぜ始業時間が早くなったのか、聞くところによれば、ルワンダは東アフリカ共同体(ケニア、ウガンダ、タンザニア、ブルンジ、ルワンダ)に入り、ケニア、ウガンダなどは、1時間時間が早いということから東アフリカ諸国との会合ややりとりを考慮して早い始業となったようだ。
しかし7時始業となると当然もっと早くからオフィスへ行く支度をしなければならない。ご飯の支度もあるので私は5時半起きだ。早朝にメールをチェックをしたり、ニュースを見てから、本格的な支度を始める。オフィスまでは車で10分程度なので間に合うように支度をするのだが、いつも直前にばたばたしてしまい、7時ちょっとすぎに出ることが多い。

日本にいる時から夜明けとともに目覚められる体内時計で生活していたので、目ざましは必要がないのだが、5時半に起きるようになると、問題は、夜がすぐに眠くなってしまうことだ。夕食を遅くとも9時ぐらいまでには食べるようにしているのだが、夕食を食べて一息つくと眠くなってしまい、あまり夜に作業や活動ができなくなる。外で会合やパーティーがあっても、遅くまでいるとかなり眠くて辛いので、自然と早く切り上げるようになってしまう。この間も国連関係の職場で働いている女性(国際組織は8時頃始業)と食事をしたが、ちょっとワインを飲もうものならあっという間に眠くなってしまい、途中から話を聞きながら半分寝てしまうという事態になってしまった。
赤道直下にあるルワンダは、年間を通してだいたい5時半すぎからすこしずつ日が明け、夕方6時には日が沈む。日没後、東京だとまちが明るいし、家の中も明るい。さらにテレビ番組の種類がいろいろあるということもあり、どうしても夜遅くなりがちだが、こちらだと日が暮れると街が暗くなり、テレビの地上波は、主としてルワンダTVしかないので、衛星に加入しない限りは、テレビを見ることもまれで、あまりやることがないのですぐに寝てしまうということもあるかもしれない。

さて、7時始業となって何か仕事の効率性や生産性が上がったのかと言われれば、はっきり言ってなんの変化もない。特にルワンダ人の同僚は、小さい子供がいる人たちが多く、子供たちを送ってから7時にオフィスに来るのは至難の業である。(学校も早くて7時始業)。学校に入る前の子供については、ある程度の収入がある家庭だとみんなhouse boy かhouse girlを雇っていて彼らに面倒を見させるのが常識となっている。
しかし朝、出勤したら帳簿に時間を明記してサインをしなければならないこと、またどうもそれらの組織全体の出勤状況を上部組織(関係省庁)に報告しなければならないこともあり、意外とみんなまじめに7時10分までにはほとんど出勤している。しかし、前述したように仕事の生産性の向上につながっていはいない。なぜならば、いろいろなところで効率の悪い意思決定、無駄なプロセスがあるためだ。特にびどいのが物品調達やワークショップや会議実施の際のケータリングサービスの契約、支払いについてだ。例えば、名刺の調達。日本であれば、ネットで注文したら、遅くとも3日以内には、宅配で手元に届く。しかし、私の場合、なんと組織の長のサインを9月上旬にもらったにも関わらず、今だ名刺ができないのである。この名刺の調達プロセスには、調達部門と人事部門がかかわるようだが、彼らの間でのコミュニケーション不足か何かで私の名前のリストが人事部門の名刺注文のリストから漏れたらしく、10月半ばに休暇からオフィスに戻ってきたときに問いただすとそのような説明を受けた。それからまたさらに2か月が経過。私の方では、12月にインドから専門家を呼んでバナナ繊維を使った工芸品のワークショップを開くことになっていて名刺が必須だったにも関わらずワークショップ開催までには名刺が準備されることはなかった。待っているのがあまりにばかばかしくて自分で手作りの名刺を後に1時間でつくったが、なぜそんなに無駄な時間をかけて物品調達の手続きをしているのか皆目見当がつかない。
今回、ワークショップの開催をしていかに調達部門、財務部門が無駄な手続きにえらい時間をかけていることがわかったが、その一つの原因はルワンダで厳しく行われている会計監査である。とにかく調達、財務、人事も含めて、外部による会計検査をパスできるか、というそれだけを念頭において仕事をしているため、非効率この上ない手続きになってしまっている。会計検査で指摘をされると組織トップの首が飛び、担当者も刑務所に送られてしまう恐れがあるため、それらに関わる担当者は、びくびくしながら仕事をしている。実際、この1年でも省庁のレベルから地方自治体のレベルまで、汚職が発見されるとすぐさま、大臣がつかまり、裁判沙汰になり、刑務所に送られる結果になるものがある。場合によっては直接刑務所というケースもあるらしい。(防衛省の職員が、大量のTata製のトラックを調達し、粗悪だったため刑務所に入れられたケース)調達に関しても下手をすると外国の会社(つまり外国人も)も巻き添えになるから注意が必要だ。汚職、腐敗の防止に力を入れているルワンダは、政府組織に対してかなり厳しいチェックを入れている。組織内にはそうした汚職の防止を促すステッカーが貼られている。
corruption prevention poster
こうした方針が功を奏して腐敗認識度ランキングでは東アフリカでトップになった。
http://media.transparency.org/imaps/cpi2009/

しかし他方、組織の意思決定が非常に時間を要し、慎重になる結果となっている。現実的な業務の効率性や生産性を考慮すると、(たとえば、プロジェクトの実施計画に従って、予定を実施したくてもこうした手続きの問題のために大幅に遅れてしまうことや、関係者に非常に迷惑をかけること(支払が遅れるなど))もう少し簡易な調達システム(三者見積もりが必要な額や入札が必要な最低額を上げるなど)が必要だろう。

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