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ルワンダでのビジネス
昨年12月1日に会社登録をして半年近くが経過した。とはいうものの、この間日本へ一時帰国をしたりしていたので、まだまだ始めたとはいっても、数か月程度のことである。

もっとも、会社形態にしたとはいえ、もともと夫や私が個人的に業務を受けたりしていたことを、会社で受けることにしたので、個人事業者に毛が生えた程度のことだ。ルワンダでの長期滞在を可能にするには自ら就労ビザを取得するしかないというのも会社登録をした理由の一つである。常に外からの契約を得られるとは限らないからだ。

しかし、この就労ビザだが、自分の会社で雇用されていることを理由に申請すると、すぐには申請が認められず、入国管理局の監査部門の監査人が会社の事務所(私たちの場合、オフィスが別にないので自宅)を訪れて、会社が実際に動いているのかを確認し、その上でビザの発行が決定される。しかも、会社登録をしたばかりだと、申請額が1万5千円近くかかるのに、通常最長で2年間有効のところ、6カ月有効のビザしか認められない。そのため、当初のビザ申請から半年が過ぎたこの時期、またビザの申請が必要となり、同じ額のお金を払って、今度は2年間で申請をしているが、また会社運営を確認する監査が入ることになる。

さて、ルワンダで登録した会社の事業内容だが、今まで2人でやってきた分野のことを中心にしながら、主な収入源となるコンサルティング業務を加えたのが現在の会社の業務ということになる。
waste
具体的には、環境・開発に関するコンサルティング、工芸品の開発・ルワンダ国内での販売(サイザル麻やバナナ繊維を活用したもの)、農業投資(現時点では、リンゴの栽培)の3つが中心の業務となる。ルワンダでは、2番目に登録した邦人企業で、それだけ日本人がいないということの証でもある。逆にいえば、日本の政府関係の仕事をとろうと思えば、少々優位になると思われる。もちろん、実力と実績が伴わなければ、継続して仕事をとっていくことは困難となるので、最初が肝心である。
urugero visit banana 1
urugero visit banana 2
apple site
個人的には、次のビジネスプランも見据え、あと数年ぐらいで抱えているプロジェクトの成果を出し、それを後任に引き継いでいこうと考えている。

最近は、特に工芸品の開発とその国内販売に関して力を入れている。今までは日本への輸出のみとして扱っていた工芸品をルワンダ国内でも販路を広げようとしているため、お土産用になる商品開発も始めたところだ。
sisal new products sample2
Sisal new products sample 1
新商品開発や販路の開拓は、未経験の領域だが、なにやら楽しい。幸い、5月から日本からのインターン生も加わり、一層これに力を注げる環境となっている。今年は、インターン生が他にも来る予定なので、それぞれの得意分野を活かしてもらい、特にこの分野の事業拡大を充実させたい。



  
| Rwanda (環境活動) | 05:01 | comments(0) | trackbacks(0) |
ウガンダのオーガニックコットン繊維会社を訪ねて
5月の上旬にウガンダにあるFhenix logisticsを訪れた。ルワンダに来てから、このFhenix社長の柏田さんの話を間接的に聞いたり、新聞で見たりしたが、まだ直接伺う機会がなかった。バナナ繊維プロジェクトに携わって、3年目に入ったが、地元の繊維会社の金融危機などで予定通りに、バナナ混紡糸の製造に至らず、行き詰った状況の中で、ルワンダでこのバナナの繊維を活かしてテキスタイル化ができるのか、地元の繊維会社しかパートナーはいないのかなど考えていた際に、ふとウガンダにあるオーガニックコットンをつかったシャツなどを製造している柏田さんの会社のことを思い出し、バナナ繊維のテキスタイル化に役立てる何か情報がえられないかと思い、直接訪問することにした。
Fhenix 工場外観
事前にネットなどで情報を収集してから伺ったが、80歳にて現役で会社を運営していらっしゃることや過去の想像を絶するいろいろな困難な局面を乗り切ってきた実績に触れて感銘を受けた。それもそのはず、1965年からウガンダの繊維ビジネスに携わっておられるのだ。政情の悪化により1984年に日本に帰国されているが、もう45年以上の関わりだ。ムセベニ大統領の要請を受けて、2000年から新しい会社Phexix Logisticsを設立され、これが今回訪ねた会社である。
コットンの管理
オーガニックコットン生地
ヨーロッパにある機関より認証された地元からとれるオーガニックコットンをつかったシャツづくり。オーガニックの概念もない国で、この認証をとるのは至難の業だったとのこと。ルワンダにいてプロジェクトをやっているおかげで少しは想像ができたが、相当な苦労と思われた。多くの従業員が働く現場
しかし、これで他の繊維会社とも差別化した高品質商品を売りに順調に事業が進められるかと思いきや悪意のある事業者が来て、にせオーガニックを標榜して今まで苦労して作り上げた農家のネットワークを壊され市場を奪われそうになったそうだが、大統領の支援により、そうしたにせ事業者を追いだすことに成功したそうだ。
近年は、中国などの低価格コットンの市場席巻により、オーガニックコットンを安定した価格で売っていくのは容易でないようだ。しかし、高品質、フェアトレードなど社会貢献型の商品を求める消費者のニーズをくみ取った団体や会社からオーダーがあるという。実際、オーガニックコットンを使った商品を触ってみて、またサンプルでシャツや靴下などを購入したが、着心地もよく体にも優しく確かに品質がよいということがわかる。地元で購入すると値段も決して高くないので、とてもお得である。
オーガニックコットンシャツサンプル
今回の訪問目的のバナナテキスタイルの相談に関しては、結論からいえば、柏田さんの助言は、最終商品が売れるかどうかの見極めが大事。売れない(採算がとれない)ものであれば、やめた方がいいということだった。確かにその通りで、サンプル品をつくるまではいいが、それが売れなければ費やしたお金と時間が無駄になってしまう。
ただ、ウガンダも似たようなところがあるようだが、ルワンダのように物事の進め方が極めて遅いところでは、このサンプル品をつくるまでに数年かかってしまうので、すぐに市場判断ができないのが難しいところ。ただ、原料を地元で調達できるところが、最大の利点なので、技術的な試行錯誤の結果、市場に受け入れられるものができあがれば、原料供給が安定する限り、継続的なビジネスが期待できる。
日本の繊維会社の協力などが不可欠だが、現段階では、まだ諦めるのは早いと思うので、バナナテキスタイルの実現に向けて、引き続きルワンダ、日本双方のパートナーとともに試行錯誤していこうと思う。
| Rwanda (環境活動) | 05:01 | comments(21) | trackbacks(0) |
タンザニア、アルーシャへの車での視察旅行とルワンダとの違い
3月の中盤に植林とバイオ燃料のプロジェクト関係の先進事例を見るためタンザニアのアルーシャへ雇っている農業技術者と運転手そして夫とともに訪れた。
Arusha
目的地は、キガリから1,000kmあまり離れているアルーシャ。東アフリカを以前長距離バスの運転手として走ったこともある運転手のレミーと相談したところ、アルーシャは行ったことがないが、12時間ぐらいでいくのではないかということで朝4時半すぎに出発し、みんなをピックアップして5時前にキガリを出発した。しかし、国境付近と、国境を越えてからいくつか難点があり、予想をはるかに超えて時間がかかりなんと20時間以上もかけてアルーシャにたどり着くことになった。そのトラブルのいくつかを上げてみる。
トラブル1.国境のタンザニア側での収賄疑惑?
国境を越える手続きは、まずルワンダ側で出国の手続きを行った後、数メートル先のタンザニア側での入国手続きとなりVISA等手続が済めばすぐに入国可となる。そこで問題が発生した。私達の車はUNのプレートがついて明らかに外国人の乗っている車だったためか、タンザニア側の車の入国許可を出す担当者が、ルワンダ側のルワンダ国税局で車の証明書?なるものがないと入国させないと言ってきた。しかたがないので、ルワンダ側に戻り、ルワンダ側の担当者にお願いして出してもらったが、通常は求められないそうだ。担当者によれば、彼らが時間稼ぎをし、賄賂を要求するつもりだったのではといわれた。それは最も避けたいところ。運転手に証明書をもって賄賂を求められないよう気をつけて処理するようお願いした。なんとかそのあとはさらに言われることはなく、通してもらうことになったが、予想外に時間がかかり国境付近で50分近く過ごす羽目に。
トラブル2.アルーシャに向けて道路走行中に警察に不合理に止められ罰金を請求される
タンザニアのアルーシャに向けて走行中、1/3ぐらいまで来たかどうかというところ、道路沿いに駐留していた警察官のグループに止まるよう指導された。警察によれば、スピード違反だというのだ。スピードガンを示し、ここは50km制限で、君たちの車77kmだから罰金20ドル払えというもの。しかし私達がみたところ警察の前を通る直前の標識は100km制限を指しており吹っかけられているようにしか思えない。とりあえず、運転手のレミーが代表して交渉を英語とスワヒリ語を混ぜてやってくれ、最後は5ドルを払うしかないというところまで来て、私達をちらりと見た後、結局警察側が払わなくてよいとして行かしてくれた。
ルワンダと違ってタンザニアやケニアでは賄賂が横行しているようなので、こうした警察による不合理な罰金請求はあまり驚くべきことではないようだ。しかしこれによってまたしても40分ぐらいロスをしてしまった。
トラブル3.最後300km未舗装の道
さらに誤算だったのが、残り300km余りというところで舗装していない道しかアルーシャへ辿りつく方法はないということが地元の人たちの話でわかり(事前にグーグルマップで見た時には、道の状態までは見えなかった)目の前が真っ暗になってきた。ガソリンスタンドの若者は、バスだと7時間ぐらいかかるらしいといっていた。その時、すでに夕方の6時を回っていた。道が舗装されていないということは、明るいうちはまだある程度のスピードでいってもコントロールができるが、暗くなったらスピードは出せないし、のろのろ運転でいくしかない。いったいいつになったら着くのか。レミーを励ましながらみんなで頑張って目的地へ向かった。国立公園付近の未舗装道路はあたりが真っ暗で、建物らしいものが見当たらなかった。日中はどんな風景なのだろうか、夜だと薄気味悪い感じだ。
一寸先は闇 Arushaに向かう道で
ようやく夜中12時半を回ったころ、アルーシャの街へ入るための警察チェックがあり、ようやくアルーシャに着いた。頭がぼーっとしながら、なんとかホテルを探したどり着いたのが夜中の1時ごろ。朝4時半に家を出たのだから21時間近くかけてようやくアルーシャに着いたことになる。どおりで車で行くという人を聞いたことがないと思った。こんなに遠いのね、、、、と実感。かなり無謀な旅になってしまった。

後日アルーシャにある日本人が経営する日本食レストランに行ってわかったのだが、アルーシャは結構銃を突きつけた強盗、収奪事件が多く、夜、道を走っていて場所によっては罠をかけて止めさせ集団でやられるケースも多いという。なので、夜中走ってきて無事にホテルに到着したこと自体かなり幸運だったことになる。あとで考えると恐ろしいが、二度とこういう行き方はやめようと決めた。帰りは別のルートで国立公園を通って2日かけていくというもの。国立公園を通過するのでお金はかかるものの現実的な選択だった。
予想を超える長時間の旅とはいえ、アルーシャまでの行きと帰りのNgorongoro保護地区やSerengeti国立公園などを通ってきて、タンザニアの風景は、ルワンダとはかなり違うスケールの大きさを感じた。
岩が隆起した地形
Ngorongoro national park
Masai lady
果てしなく続くサバンナの風景や太古とのつながりを感じさせる大きな岩が隆起した地形の数々。アフリカらしい広大な風景が広がっていて美しい。
マサイ族の定住地域でもある。
Ngorongoro national park
Ngorongoro national park2
Ngorongoro national park3
Serengeti National Park
ルワンダとの国境からそう離れていないところは、結構森が残っている。
Forest in Tanzania
しかし視察先のパートナーグループによれば、かなりのスピードで森が焼失しているという。
そのため、ジャトロファなど薪やケロシンの代替燃料となる木を植えてそうした木の伐採に歯止めるかける活動を展開しているのだ。
視察先付近ではアフリカ最高峰キリマンジャロも眺められ、反対側の道路には、地元の山、メロ山が立ち聳えている。とても壮大な景色だ。こんな風景を毎日見ながら生活しているんだからせかせかするわけがない。人も自然と気持ちのおおらかなのんびりした傾向になるだろう。
Mt. Kilimangaro
ルワンダでも結構視野が広いと感じたが、タンザニアはその比ではない。ルワンダの場合、ほとんどが丘状の地形のため、その分水平線の広がりが感じられないのかなと思う。アルーシャのあたりは、結構土が火山灰の混じった良質のもので穀物の育ちがよいようだ。代替燃料対策で植えているジャトロファは、穀物の畑を邪魔することなく、穀物の周りに囲いや生垣として植えられている。
Jatropha site
すでに10年以上にわたり、この団体が関与する前からこの木が植えられていたようだが、木の活用方法がわからずにただ切り倒されていたようだ。そこでこの団体では、ジャトロファの種から絞った油の活用方法を実際に活用しやすい道具(ケロシンや薪の代わりになるジャトロファ用ランプや調理用ストーブ)や石鹸を自前で開発し普及啓発活動をしている。
cooking stove
Jatropha soap
すでに協力しているいくつかの農家のグループでは実際に油を抽出し、石鹸をつくって地元で売るサイクルを始めている。
興味深かったのは、ジャトロファの花を使って蜂の巣をつくる仕組み。
Jatropha beehive
ジャトロファの花を活用してできた蜂蜜はさらに栄養価が高いとの結果が出ているという。ルワンダでも、養蜂は近年盛んになってきているので調査は必要だが、やってみる価値はありそうだ。

ルワンダでは気がつかなかった1994年の内戦の影響を感じさせたのが、タンザニア人のルワンダ人に対する反応である。ルワンダと違いタンザニア、ケニア、コンゴなど近隣の国々は、民族の数も多いうえ、言語の数もそれに応じて異なる。しかしルワンダの場合は、言葉も同じなのに部族を区別し格差を設けていた。タンザニア人にとっては、民族の違いは言葉も違うことから尊重されており、繊細な問題ととらえていないのかもしれない。こちらがドキッとしたのが、車の中で先頭に座っていたルワンダ人二人(農業技術者と運転手)にかけた質問である。「それで二人はフツ族系なの?鼻がすっとしていないし、、、」ルワンダにいる限りルワンダ人としてID登録している今、こうした質問をするのは過去の紛争時の問題を再燃させかねないのでセンシティブなことである。しかも容姿の特徴からそうしたことを指摘するのはますますよろしくない。
しかし黙って様子を見るしかないとやりとりを聞いていた。農業技術者のアレックスがこう切り返した。僕たちはフツ系ではないけれども、今は、ルワンダ人として生活していて、元フツ族やツチ族の人たちを容姿で判断することは難しくなっているんだ。混ざっている人も多いし。フツ系の人も鼻筋が通っていてきれいな人も結構出てきているんだよ。」っと。今度は運転手のレミー方がちょっと疑問をなげかけるように「なんでぼくがフツに見えるんだい?」とも聞き返していた。私達は、かつて彼らにそうした質問を聞いたことがなかったのでなんだか居心地が悪かった。
しかしここだけでなく、キガリに戻る途中のムアンザというタンザニアで2番目に大きい町にあるホテルに滞在したときも同じことが起きた。あとでレミーが教えてくれたのだが、今回の旅で10人近くに同じような質問をされたそうだ。かつて彼がウガンダに行った時もウガンダにいるルワンダ人と思われる人に君はIntelligence (秘密警察)か?と聞かれたこともあるという。どうもこうして質問をしてくる人たちは1994年のジェノサイドが起きた時に加害者として関わり、近隣の国に逃げた人たちが多いという。ルワンダに戻ってくると即つかまり牢屋に入れられるため、タンザニア人やウガンダ人として生活をしながら戻って来られないままになっているそうだ。
ルワンダにいる限り、表向きこうした過去の紛争の影を深入りせずとも活動はできるのだが、かえって他の国に行った時にあからさまになってくるのが皮肉なことだと思った。幸い二人ともさほど気にしていないようだったが、過去の内戦の傷跡は近隣の国の人々との関係も含めてまだまだ消えないもののようだ。

タンザニアの壮大な風景を見た後、ルワンダに戻ってくると人口密度の高さや道の狭さに気付かされる。でも夕日が連なる丘の上にかかり静かに落ちていく風景を見て何やらほっとした気分になった。よかった無事に帰ってきた!
| Rwanda (環境活動) | 11:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
バナナ繊維プロジェクトその後
Banana fiber projectが少しずつルワンダでも知られ始めている。用途がほとんどない収穫後のバナナの幹からとれる繊維を活かして様々なバナナ繊維製品を創出しようというプロジェクト。2008年の11月からルワンダで始まった。ルワンダだけで、バナナの生産量は、年間2.5百万トンほどあり、1本のバナナの幹からとれる繊維はわずかなものの、年間1,500トン以上の繊維を採取することが可能である。これらの潜在的な繊維を活かせば、バナナ農家の新たな収入源になるだけでなく、様々な製品開発によりバナナ繊維産業を確立することにつながる。それにより、関連技術者や雇用の創出が生まれる。
バナナ繊維の活かし方は、服地など布地化を始めとして、工芸品や紙製品、生理用ナプキンの吸収剤、建築用資材など可能性がいろいろとある。
布地化を実現するには、ルワンダでは課題があった。バナナ繊維を綿などと混ぜるにはバナナの繊維を混ぜられる程度に開繊し、軟化する必要があるのだが、まだ地元の繊維会社ではその適切な技術を見いだせていなく試行錯誤している。
一方、2008年10月に多摩美術大学のバナナテキスタイルのチームが来られ、バナナテキスタイル技術の紹介だけでなく、バナナの繊維(不織布や紡ぎ糸)を使ったバッグやランチョンマットなどの実習を行い、参加者に大変好評を得てバナナ繊維プロジェクトのルワンダでの始動となった。しかし、その後、研修生が自分たちで工芸品を作る方向へは、道具や紡ぎ糸が手に入らないなどの問題で進んでいなかった。
そこで、バナナの繊維を抽出した後、紡ぎ糸にせずとも手工芸品を作る方法を身に着けバナナ繊維手工芸品の開発につなげるため、インドからバナナ繊維をつかった手工芸品の指導に携わっている講師に来てもらい研修を行うことにした。
ルワンダ国内のすべての州からなんらかの手工芸品制作の活動に携わっている経験者を20人集め、12月の上旬から10日間、研修を行った。
繊維の抽出、染色、組み紐づくり、そして様々な製品を作る実践演習を行った。
banana fiber extraction
banana fiber extraction2
braiding practice
dying material dry
braiding practice
バナナ繊維は初めてあっても手工芸品制作のプロセスは理解している参加者がほとんどだったので、研修は比較的スムーズに進んだ。
group work
最初はいくつかのグループに分かれて、ある特定の製品をグループで役割分担しながら作る演習を行い、そのあとは、参加者のそれぞれが個人の作品をつくってもらい、よい作品を作った参加者には賞品を贈呈することにした。
bag sample
結果としてそれがいい刺激剤になり、参加者の中には、寝る時間を惜しんで作るものもいた。
10日間という短い期間で様々な形のショルダーバックやマット、草履、テーブルマット、ボトル入れ、人形や小鳥の置物などが制作された。
bottle carrier bag
banana sandals
individual products
individual products2
もちろん商品として売っていくには、さらに製品の精度を上げて、よりセンスのよいものに仕上げていく必要があるが、最初の試みとしては、参加者が納得のいく内容になったのではないかと思う。個人作品の作製にあったって講師が教えずとも参加者が自分たちで考えて、オリジナリティーのあるものが出てきたのは意外だったが、今後の製品づくりに期待がもてるものとなるだろう。
group photo with all participants and organizers
その後フォローアッププログラムとして研修会直後に研修を受けたトレーナーのところをいくつか回り、すぐに身につけた技術を組合仲間に伝え始めているか、指導にあたって何か課題がないかなどを見に行った。組合の中には、習った技術を仲間に伝えるだけでなく、アクセサリーなど新商品開発をし始めているところもあった。
banana fiber earring
一方、適当な針、製品作成に必要な糸そして糸きりばさみなどの入手が難しいといった課題があり、今後トレーナーが住む地域の周辺で、そうした道具を入手できるようにする流通ルートの開発が必要と思われる。トレーナーとなった研修生たちが地元に戻って技術を伝えながら改善する努力を随時見守りながら、必要であれば、デザイン力をつけながら製品を完璧に仕上げる研修を検討しようかなと思う。


| Rwanda (環境活動) | 22:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
ルワンダの廃棄物処分場をとりまく人たち
ルワンダの首都キガリの郊外の丘の上にキガリ唯一の廃棄物処分場がある。
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といってもただこれといった手法もなく適当に積み上げているだけのゴミ捨て場。浸出水の処理施設もない。日本では谷底に処分場をつくるのが一般的だが、丘の上にあると、丘の下方にある住宅への汚水の影響、地下水への影響などが心配される。持ち込まれるゴミは、有機物がほとんどだが、量にして1日100トンから300トン。キガリ市の人口は約100万人近いので、一人当たりのゴミの排出量は、0.1-0.3kgとなる。日本人の平均ゴミ排出量は、一人当たり1日1.1kgとされているので、それに比べれば、その1/3以下ということになる。そう考えれば、キガリにおけるゴミの排出量はだいぶ少ない。さらにビニール袋の流通は禁止なので、その分かさばる買い物袋の廃棄物は少ないようにみられる。
Nyanza3
そうはいうものの、持ち込まれる有機物の処理がされていないので、当然臭気がかなりする。雨季になるとさらに深刻となる。一方乾期はたまったメタンガスが火を噴いたり、爆発の危険性が高まる。このような状態の中、この処分場を修復しながら、きちんとした処理をするための新規処分場建設プロジェクトが始動しつつある。夫の方がそのプロジェクトを企画、進行している。
自分も日本で働いていた際には廃棄物処理施設の新規建設プロジェクトに携わったこともあったことから関心があったので、夫とともに現地に何度か足を運んだ。かつて東京中央防波堤処分場はもちろんのこと、全国の様々な処分場や中間処理施設にいったこともあるが全く処理されていない処分場の中を歩くというのは初めてのことだった。歩くと今まで見たことがない風景が広がっていた。
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すでに1年以上前に1回見たことがあるが、これだけじっくり歩いてみたのは初めてだった。じりじりと照りつける太陽の下でかつ乾期ということもあり、臭気はなんとか我慢できるものの、あちらこちらに煙が出ていて危険な状態だった。
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ここにいる労働者は70人余り。三本鍬のようなもので入ってきたゴミを均すのが主な仕事だ。
Nyanza labors
こんな状態の中で大人だけでなく子供まで物によってはスカベンジャーをしている姿が見受けられる。
Nyanza1
Nyanza2
小さな子どもを抱えた女性までいた。日本にいたころフィリピンのスモーキーマウンテンの映画を見て、深刻な問題だなと思ったが、似たような処分場に足を運び、大量のハエが飛び交ってぶんぶんとした音の中で歩いたら、まさにその映画の撮影現場にいるような気持になった。
それにしてもここで働く労働者は、ほんとうにたくましい。有機物が多いとはいえ、危険なものも捨てられている。
Nyanza Injection needles
注射針などに刺されてしまう事故も起きている。
Nyanza labor house
しかも彼らはこの現場で寝泊まりしているのだ。こんなところで日々生活したらどんなに健康が侵されるかと心配になるが、この処分場の修善と視察にこられた福岡大学の先生にいわせると、意外にもこうした処分場で生活している人とそうでない人との健康診断をしたら、処分場で生活している人の方が健康状態が良いという調査結果もあったそうだ。それはなぜなのか?悪臭を吸っていろいろな抗体を体の中に自然と作り出したからなのか、不思議な話である。しかし注射針やガラス片などによって怪我をしたりするケースも少なくないので、決して健全な仕事でないことは明らかである。

ある日、彼らを観察していて驚いたことがある。お金に替えられそうなペットボトルなどの回収、金属類の回収に熱心な子供たちだけでなく、食べ物の残りを見つけてはそれを食べてしまう子供たちがいたことである。たまたまマヨネーズの瓶の中に入っていた残りをなめながら食べている子供を見たときには唖然としてしまった。そんなことはしてはいけないと日本人なら誰でも思うのだろうが、お腹をすかしているのかその子供は平気な顔をして食べている。
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さらにいえば、ここで働く人たちだけが大変なのではない。ここの処分場を通らないと生活できない人々がいることだ。乾期は特にそうだが、水の確保は家に水道がない市民にとっては大変な仕事である。この処分場の近隣に住む人々は、この処分場を通ってわざわざ毎日水を汲みに行っている。これも大変な作業である。
私たちは、この国で一応水道的なものがついている家に住んでいるが、同じ国に住んでもこれだけ生活スタイルの違いがあるのがこの国の現状である。むしろ後者がまだ国民のほとんどを占めているのだ。またこうした仕事を担っているのは、決まって女性と子供である。
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その後また廃棄物処分場に車で来た時、今回は外に出ないで中で夫を待っていたら、そこで働く若い男の子たちが数人寄ってきて、電話番号を教えてくれとか、友達になろうといったポーズをとってきた。こんな大変な仕事をしていても笑顔で接する彼らの精神力?には敵わないなと思った。

| Rwanda (環境活動) | 18:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
番組取材を通じて出会った人たち:DVDを持って再訪!
昨年の5月からテレビ朝日「素敵な宇宙船地球号」の現地での取材・コーディネーション請け負うことになり、環境ドキュメンタリー番組の制作のサポートに初めて携わった。様々な取材を経て、2月の末から3月の上旬の約2週間で日本から撮影スタッフが来られ、現地での撮影を行った。

主たるテーマは、「携帯電話のルワンダでの意外な利用法」この中で紹介された1つの仕組みがVillage phone。ヴィレッジフォンとは、ノーベル平和賞を受賞したバングラデシュのムハマド・ユニス氏の開発したマイクロファイナンスの仕組みを世界に広げるため設立されたグラミン財団とMTNというアフリカの大手電話会社が協力してできたサービス。コミュニケーションの手段がなく、電気も通ってない地域において、簡易型のアンテナの敷設や充電するためのカーバッテリーがセットになって地域の中心となるところに携帯電話を置くステーションを設置し、携帯電話を通常の携帯電話より割安の価格で利用でき、40%長く話せるサービスを提供する仕組み。
Village phone
antenna
これを運営するオペレータといわれる人たちは、携帯電話をマイクロファイナンス銀行からローン契約をして購入し、6か月間で返金していく。オペレーターになった人たちは、通常小さな雑貨屋さんをやっていることが多く、電話の貸し出しサービスと併用することで売上が向上し、収入増により、彼らの生活の向上につながり、子供を学校へ行かせられるようになったり、保険に入ることができるようになる。
womens operator
雑貨屋とvillage phone
また、Village phoneは、それを利用する人たちにとっても大変にメリットがあるものだ。両親や子供など身近な人に電話をかけるのはもちろんのこと、ビジネス目的の利用(農産物の売り先を探したり、購入したい商品価格の下調べ、顧客への連絡など)や地域での会合の連絡、緊急の連絡(妊婦や病人の緊急の搬送依頼など)にも利用され、コミュニティーのつながりが強化されたとの声も多く聞かれた。
特に町から離れたところに住む人たちは、今まで1日かけて歩いたり、現地まで公共交通機関を利用して要を足していたのが携帯電話の導入により時間とエネルギーを節約し、目覚ましく効率的になったのである。国境に近いところでは、ウガンダなど近隣の国からもわざわざヴィレッジフォンを利用しにくる人がいるぐらいだった。
生まれた頃から電話が家庭に1台あった私たち日本人にとってはピンとこないかもしれないことかもしれないが、こうした電話を利用したことがない人にとっては画期的な変化を地域にもたらしたのである。

番組では、こうしたヴィレッジフォンの仕組みの紹介とこうして導入されたヴィレッジフォンの利用事例の中で顕著な成功事例を、ラジオ公募をして集めた中から事前に選び、選んだものを実際に訪れて撮影し紹介した。テレビはまだまだ一般家庭には普及していないこともあり、農村地域で使われるビレッジフォンの事例を集めるには、ラジオが一番。実際2日に分けて流したラジオ放送で、非常な反響があった。流したとたんに電話が山ほどかかってきた。多くのルワンダ人がどれだけラジオに頼って情報を得ているかがわかる。ジェノサイドを扇動したのもラジオの影響だったといわれているだけあって、ラジオから得られる情報がどれだけ国民の行動へ影響を与えるかが押し測れる。
こうして公募をするとマイクロファイナンスなどを通じて間接的に紹介してもらうよりはるかに効果的に集められた。中でも感心したのが、この電話をオペレータとしてサービスを提供している孤児の青年が兄弟や一緒に住んでいる孤児を助けるための募金をヴィレッジフォンを使って呼びかけたケース。若い青年ながらも、頼もしいユニークな事例だった。
with Abdu
またこの携帯を使って、オペレーターがキガリに親戚がいる利用者から頼まれて携帯にairtimeというクレジットを転送することでそれを現金に換えて、利用者に届けるといった送金サービスを展開したケースも興味深いものだった。

ヴィレッジフォンのようにコミュニティーの公共通信手段やビジネス取引の手段として貧困削減に役立てられるだけでなく、携帯電話が、ゴリラなど国立公園での野生生物の保護にも役立てられている。
scenary of national park
番組では、元密漁者にスポットをあて、どのようにして密漁活動から転向して保護活動に携わるようになったか、携帯電話をパトロールなどの場でどのように保護活動に役立てているのかを明らかにした。
この元密漁者の住むコミュニティーに訪れ、住民に元密漁者のリーダーが住民たちに国立公園の保護活動やゴリラを守る活動の重要性を説明する場面を撮影するとともに、日本で撮影された日本の若者の携帯電話の利用法や携帯電話の廃棄、リサイクル事情についての映像を流して住民に見せた。
とにかくほとんどの住民が携帯電話をもっていないので、日本で起こっていることの全てが違いすぎて驚くことばかり。特に携帯電話が大量に廃棄されている映像などは、いったい何が起こっているのかわからないという感じだった。消費行動が日本とルワンダでどれだけ違うかに改めて気付かされた。

こうして現地撮影後、編集放送された番組のコピーを放送1か月後に受け取りそのコピーをもって番組に協力してくれた人たちの元へ届けてお礼の挨拶をするとともにDVDを見せて回った。
取材に訪れてから2か月余りたってからの訪問だったが、ほとんどのところでは撮影前から調査をしに来ていたので私をよく覚えていてくれて歓迎された。
Visiting Joel's place
with operator
特にうれしかったのは、元密漁者のコミュニティーに再訪して、撮影に協力してくれた地域の住民も集めて日本で最終的に放送された番組を見せたところ、言葉は現地の人にあまり理解されなかったかもしれないが、時には自分たちの写っている映像をみて、大変喜んでいる様子がうかがえた。上映の調整に夢中になって写真に収めるのを忘れてしまったが。。。
終わった後、上映会の準備を手伝ってくれた人が、こう話してくれた。「今回、初めて撮影されたものを見たけど、本当にうれしかったよ。普通は、撮影されたものを見られることがないから、とられても何のためにとっているのか、どうなったのかってわからないままなんだ。こうして撮影されたものを見れることによって、今後、こうした撮影を行う時に住民に協力を得るいいインセンティブになるよ。」
そうなんだ。私は、撮影された人たちは、当然できた番組をみたいだろうと思って、自ら足を運び協力してくれた人に見せて回ったが、こういうことをするのは例外なのか、、、と感じた。でも訪問したことでみんなが出来たものを確認でき、家族や近所の人などと「あら映っている」などといいながら楽しんでもらえたのは私も見せて回ったかいがあったなと思えた部分である。前述したように今回取材に協力してくれた人たちは、テレビを見たことがない人ばかりなので、こうして映っている映像を見ること自体が新鮮な驚きなのである。
テレビ番組の制作づくりに携わることによって得た人里離れた地域での人々との出会いそして新しい交友関係が続きそうで嬉しい。出会った人たちの今後の発展、成長も追っていきたい。
| Rwanda (環境活動) | 16:22 | - | - |
農作業を通じての素朴なふれあい
7月の半ばに交通事故に遭ってから3か月余り、植林とバイオ燃料のプロジェクトに間が空いてしまった。9月に日本に一時帰国して怪我の影響などを詳細にチェックしてルワンダに戻り、1か月余り新たに車を入手するのを待ってようやく再び手がけているプロジェクトを開始した。
10月になると雨季が始まる。雨季になる時に、3か月前に移植したジャトロファの間に間作物を植えることになっていた。
jatropha intercropping 大豆、枝豆
選んだ間作物の種類は、場所や土壌の条件を考慮して決めた。主としてルワンダの西や西南の町の周辺には、スイカを試験的に植え、また南部の地域には、枝豆や大豆を植え、ジャトロファとともに問題なく育つかを見るとともに、市場開拓の可能性をみようとしていていた。
またかなり乾燥しているか、地形が平たんでないところには、ひまわりを植えることにした。こうして10か所での間作物栽培を開始した。
久しぶりにサイト周りと農作業ができるということもあり、なんだか楽しい。車に乗って遠出をしなければならないのはちょっと怖いところもあるのだが、そんなこともいっていられない。幸い、実際に現場にいって、地元の農民や子供たちと一緒に農作業をしていると、いろいろな出会いがあり、不思議と楽しく元気になってくるのだ。
キガリから西南方向に6時間以上運転するとCyanguguというエリアに入ってくる。Nyungue 国立公園の途中からNyamasekeというエリアに入り、公園の外を出るとお茶畑の風景が一面に広がっている。
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さらに1時間ほど行くと、Bukavuというコンゴ民主共和国のまちに隣接しているRusiziというエリアに着く。この2つの地域にそれぞれ試験的にジャトロファを植えているサイトがある。そのうちの一つNyamasekeのサイトにいったときのこと。ここはキブ湖に面していて、試験的に行っているサイトのうちでも最も眺めがよい美しいところの一つである。
nyamaseke site view
訪れた日が日曜だったこともあり、多くの農民は、教会に行っていていないようだった。
サイトに到着すると残っていた子供たちがちょこちょこと顔を出した。そのうちもっとも年長の子供たち2人が今回の間作物栽培用の土地を耕してくれて、そのあと、あまり土壌の状態がよくなかったが、試験的に大豆を植えてみることにした。
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いつも帽子を持ってくるのだが、すっかり忘れてしまったので、その代りに傘をさしながら種を植えようとしていたところ、見に来ていたある小さな女の子が私のところに近寄り、傘を持ってあげるというしぐさをした。あまりにも可愛くて親切な子供に感激したが、その子は、ずっと私が種蒔きをしている間、日差しが直接当たらないように傘をさし続けてくれた。
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場所は変わって西部のNyabifuという地域には2か所試験場があるが、女性たちが特によく働いてくれた。
よく働く女性
ここの土壌は火山灰状のよい土地だったので、日本から持ってきたメロンやスイカの種とケニア産のスイカの種を植えてみることにした。
スイカの種蒔き
大した会話をしているわけではないが、こんなものを植えるんだ。おいしいよというと、農民はみんな興味をもって手伝ってくれたし、私にも興味をもってくれて一緒に作業をしている間中なんだか楽しい気持ちで進められた。
どこもそうだが、農民たちは、みな素朴で特に女性がよく働く。
よく働く農民
そして笑顔がとにかくいい。文句も言わずもくもくと作業を続けるところは関心させられるところだ。(もちろん、労働対価を期待しているところがあるのは否定できないけれども)そして一緒に作業を終えた時、気持ちのよい笑顔とともに、疲れるもののとてもさわやかな気持ちになれるのである。
地元の農民たち
こうしてどこもこうした労働者に支えられながら進められていく。間作物がうまく育つよう祈りながら、またそれぞれのサイトで農民たちと会うのを楽しみにしながら、次に訪れる時を待つのである。

| Rwanda (環境活動) | 02:57 | - | - |
バナナテキスタイルチームがルワンダにやってきた!
去る10月10日、11日。はるばる東京より多摩美術大学のバナナテキスタイルプロジェクトの教授陣と学生とUNIDOTokyoオフィスの方々がルワンダとウガンダでバナナテキスタイルプロジェクトと技術を紹介するセミナーと体験学習のためのワークショップを開くためにやってきた。
Banana textile Banner
私もこのプロジェクトを成功裏におさめるため、受け入れ側の政府組織と一緒になって準備を進めてきた。セミナーやワークショップの対象となる人たちのリストアップや招待状の送付、会場設営、そしてそれぞれのイベント、特にワークショップで必要となる道具などの調達、例えばバナナの幹の調達などは、ルワンダの農業研究所のバナナ専門家と一緒に行った。セミナー、ワークショップのイベントを知らせるバナーを市内のメジャーな2か所のランドアバウトに直前に貼り、広告も行った。こうした準備を進めて、バナナテキスタイルのチームを迎えることになった。前日に一行がキガリ入りしたが、その日の地元の英字新聞には、日本のバナナテキスタイルプロジェクトのチームがやってきて、キガリにてバナナテキスタイルセミナー、ワークショップが開かれ、バナナの幹からとれる繊維を布地にする技術の紹介がなされるとの記事が載せられた。

セミナー当日の朝、大統領にはお目にかかれなかったものの、大統領官邸に多摩美のチームらと入り、科学技術大臣と面会することができた。初めて大統領官邸に入ったが、きれいに手入れされた庭に囲まれた美しく落ち着いたところであった。(写真撮影は禁止なので公開できないのだが。)
地元の英字新聞の記者も入って行われた面談で、大臣が、必ずセミナーに参加して今回ご紹介いただくバナナテキスタイルを学びたいと述べられるとともに、ルワンダの全国至るところにあるバナナ農園をこの機会にぜひ一度見学していってほしいとのコメントがあった。
今回の一行のスケジュールが余りにタイトなため、どこかを回る時間がほとんどなかったのだが、この大臣のコメントを受けて、次の日のセミナー開始の前の早朝に近場で適当なところを探して見に行くことになった。

その後、大統領官邸をあとにして、さっそく会場となるキガリ市内にある工科大学に到着し、午後一から始めるセミナーの準備に入った。机やいすのセッティング、多摩美が用意したバナーの貼り付け、生徒のバナナテキスタイル作品の展示などを行い、プレゼンテーションが行えるようになったのち、軽く食事をし、すぐに会場の受付が開始された。テレビ、新聞も数社早々と会場入りをしており、このイベントへの注目度がうかがえた。ルワンダの場合、こうした会議は出足が遅いが、開会の挨拶をする方々が来られ次第、始まった。
会場の様子
開会の挨拶後、すぐにバナナテキスタイルプロジェクトの紹介や日本の繊維技術の紹介など4人の先生方の発表と4人の学生の作品紹介があった。バナナテキスタイルが、あたかも超新技術かのように見えるが、そうではなく、日本で古来から培われてきた植物からとれる繊維の衣服化の技術の応用発展であり、過去の技術の積み重ねの上に、現在の多摩美のプロジェクトもあるのだなということがよくわかった。
作品展示
最後の学生作品の紹介が一番盛り上がった。
作品紹介2
特に学生が作品を身につけて見せたり、風呂敷を開いて見せたりしたのがわかりやすく、観客も喜んだ。
作品紹介
一連のプレゼンテーションの後、参加者から活発な質問が寄せられ、バナナテキスタイルへの関心の高さが伺えた。
会場からの質問
セミナー終了後、ちょっとした飲み物と食べ物で参加者らと歓談した後、すぐ多摩美のチームは、次の日の準備について打ち合わせを始めていた。のんびり休む暇などないのである。

この後ホテルに戻って、夫と私も少し次の日のワークショップの準備を手伝うことになった。
次の日の準備
先生のお部屋に集まり、簡単な織物を行うための簡易手編み機の糸張りを行った。数にして50個余りをみんなで準備した。それにしても、日本からこうしたすべての道具を持ち込んでセミナーやワークショップを行うのは、並大抵のことではない。しかも連日、遅くまで準備や打ち合わせを重ねてである。
しかも過密スケジュールでさらにバナナ農園を見に行くことが急きょ決まったため、次の日は7時半にホテルを出ることになった。気が抜く暇はない。でもせっかくルワンダまで来たんだからちょっとの無理もしかたないかな。私たちも頑張って起きようと帰宅して明日に備えて就寝した。

| Rwanda (環境活動) | 18:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
今バナナ繊維が面白い!
ルワンダは、年間200万トンほどの生産量を誇るバナナ生産国である。バナナプランテーションの風景は、国中に広がっている。こうしたバナナは、食用として利用されるだけでなく、バナナの葉を活かした工芸品がお土産ショップでよく売られている。
banana leaf handcraft
一方、日本ではバナナの茎からとれる繊維を活かした衣料品・インテリア品をつくる技術が企業や大学で確立しつつある。しかし、ルワンダにおいて、バナナの茎は、実が収穫された後は、今までは利用価値がほとんどなくただその場に捨てられ、土壌改良剤として使われる程度だった。そこで、今年に入ってから、この茎からとれるバナナ繊維を輸出したり、ルワンダでバナナ繊維の衣料品や工芸品などを直接製造し、高付加価値産業に育てたりすることなどを狙いとして、この日本の技術とルワンダをつなげることについて関わり始めた。

この関係で、ルワンダのバナナ事情を理解するため、農業機関を訪れて情報収集をしたり、様々なバナナの種類からの繊維のサンプルをとるためにバナナ農家を訪れたりした。さらには、このプロジェクトについて夫の同僚などに話したりしていたところ、バナナ博士にもめぐり合うことができた。バナナ博士?とは聞いたこともなかったが、会った女性は、ロシア人女性でルワンダ人と結婚したバナナ研究家だった。彼女もこのバナナ繊維のプロジェクトに大変に興味を持ち、彼女の知っている限りのバナナの情報も手に入れることができた。このバナナ博士によれば、バナナは、インド、中近東方面からマダガスカルを経由してアフリカ大陸に入ってきた。3000年前頃には、セネガルで育っているということが確認されていたようだ。
Banana farm
それにしてもバナナ農家に訪れるまでは、バナナの木にそんなに種類があるとは知らなかったが、かなり種類があるようだ。漠然と道路沿いからバナナプランテーションを眺めていると全く同じに見えるが、よく見ると違いが見えてくる。
cooking banana2
ルワンダではバナナの種類を用途別のカテゴリーから3つに分類する。1つは料理用バナナで甘くないバナナの種類だ。
fruits banana
2つめはフルーツ用バナナで、日本でよくみかけるのが、キャベンディッシュという品種だが、こちらでは、それ以外にももう少し大きめのサイズや小ぶりのフルーツ用バナナを見つけることができる。
banana beer
3つめはバナナビール用だ。いわゆる外国人がいくようなスーパーではあまり置いていないが、バナナビールは、小さな個人経営のお店や地域によっては各家庭でつくられる手作りのものを見つけることができる。バナナをスモーク状に発酵させた飲み物である。1,2回飲んでみたことがあるが、独特の発酵臭がしてあまり飲みやすいものではない。工場生産されているものは、スモークされた味が口の中に残る感じがしたが、比較的飲み安いものだった。

さて、日本では、多摩美術大学が無薬品でこのバナナの繊維を活かした衣料品やインテリア用品等になる織布をデザインよく作る研究を続けている。先日行われたアフリカ開発会議の開催中、多摩美術大学の学生や先生方がそれぞれの国の特徴などを研究しバナナ生産国の首脳4カ国(ルワンダ、ウガンダ、タンザニア、ケニア)の大統領に、バナナ繊維を使った陣羽織(法被)を贈呈された。
http://www2.tamabi.ac.jp/cgi-bin/pro/news/

この企画でルワンダの大統領用の陣羽織にルワンダ産のバナナ繊維を使ってもらうため、バナナ繊維を送付するためのアレンジをこちらで行った。ルワンダの投資庁や農業研究所などの協力を得て、バナナの葉を使った工芸品を作っている女性の協同組合のところに繊維の抽出をお願いすることになった。

この女性団体は、別の目的でバナナ繊維のサンプルをとったことがあり、バナナ繊維の抽出については経験があった。しかし、今回の企画が目玉なものでもあり、繊維抽出に当たって、大学から依頼されている条件があったので、あらためて団体のところに訪れ、抽出方法や木の種類の限定などの説明を行い作業をお願いした。
多摩美術大学でつくっているバナナテキスタイルプロジェクトのパンフレットを見せると、女性団体は大変興味深そうに見ていて、多少なりともバナナ繊維の抽出作業のインセンティブになったかなと思った。しかしこの抽出の作業、簡単なものではない。自分でも、3つのカテゴリーのバナナの木から少なくとも1つの幹を持ち帰り、繊維抽出を試みたが、1つの幹の中には、幹の太さにもよるが、5層から8層に重なった茎があり、その茎を1枚、1枚取り外し、へらなどを使ってしごいて不純物を取り除き、残った細い繊維を取り出すのだが、1つの幹から繊維を取り出すのに1時間ぐらいは平気でかかる。
banana fiber extraction
こんな大変な作業を女性団体の女性たちは、へらなどを使わずに、なたのようなもので抽出しているようだ。
ちなみに1つの幹からおおよそ20gぐらいの繊維が取れる。1kgの繊維を抽出するのに45-50本。今回5kg程度の繊維抽出をお願いしたので、250本ぐらいのバナナの茎が使われたことになる。この量をだいたい5人で10日間でやってもらった。正直大変な労働力だ。
banana fiber
今後バナナの繊維を、一定量抽出し、衣料品、インテリア品を生産していくためには、もう少し効率的な繊維抽出方法が望まれるだろう。今回、大統領の法被の製作に使われたことにより、ルワンダでもこのプロジェクトが新しい国内産業創造に向けたきっかけになることを期待したい。
| Rwanda (環境活動) | 02:13 | comments(1) | trackbacks(1) |
沿道や家の前を美しくする好ましい取り組み
「千の丘の国」で知られるルワンダは、アフリカにしては珍しく、丘陵の風景が国中に広がっており、この特徴的な景色の美しさは、印象的だ。こうした地形的な美しさだけでなく、街全体を美しくする取り組みが積極的に進められている。
中央分離帯の緑化2
例えば、首都キガリ市内では、市内を横断するメイン道路の中央分離帯にきれいに整えられた植栽が緑の潤いをもたらしている。ランドアバウトのところは、すべて美しい植栽で整えられ、そうしたラウンドアバウトの一つは、ルワンダ人の結婚式のあとの記念撮影の場所として定番となっている。
ラウンドアバウト

これだけではなく、最近ルワンダ人の仕事仲間から聞いたところによると、東州では、知事が市民に沿道の周辺や家の前を植栽するよう働きかける取り組みが進められている。結果として、徐々に、沿道の風景が心地よくなっている。しかも、その植栽は、単に木を植えるということではなく、色をうまく組み合わせて見栄えをよくすることを忘れていない。
沿道の緑化その2
特に指定された植物はないそうだが、周りに影響されてだろうか、車が通る道路沿いに建つ家の前は、赤、緑、黄色の低木そして、赤や紫などの鮮やかな花々で彩られていて、眺めていて楽しい。
沿道の緑化その3
よく観察してみると、そうした色とりどりの低木の植え方を工夫して文字を浮き立たせているところもあって、凝っている。
沿道の緑化その4
家は、伝統的でこじんまりした古い住宅でも、庭は美しくしているところが興味深い。所得に関係なく努力する様子が伺える。
沿道の緑化その1
特に国の中央を走っているメイン道路沿いは、いろいろな工夫がみられるが、わき道に入っても家の前を緑化する取り組みは、随所にみられ、緑の潤いが増えてきているのが感じられる。

ちなみにルワンダは、2007年度アフリカでは3番目に多い6000万本もの植林を行っている。世界の植林数ランキングにおいても6位になっている。アフリカでは、1位がエチオピア、2位がケニアだが、土地の面積の大きさから考えると、ルワンダの取り組みの熱心さが伺える。森の回復のための大規模な植林だけでなく、こうした沿道や家の前などの身近なところからの植栽の取り組みが、国全体を市民の力で美しくするのに貢献するに違いない。

| Rwanda (環境活動) | 07:16 | comments(0) | trackbacks(0) |