2009.04.07 Tuesday
4月7日:ジェノサイドの傷跡
4月7日はジェノサイドの追悼日のためオフィスやお店は休みとなる。この日は全国各地の地域のレベルで式典や集会があり、国民が参加する。
15年前のこの日、私たちが想像できないような惨事ジェノサイド(大量虐殺)が始まったのである。
あっという間に1年が経ってしまったように思うが、またこの日がやってきた。そしてこの日が近づくと家族や親せきを失った人たちは、悲愴感がただよい、このあと100日あまり続いた恐怖の日々を思い出し、辛い日々がよみがえってくるのだ。15年たってもこうした日々を忘れることはできない。愛する夫を失った女性、両親を失った子供たち、兄弟、姉妹を殺された人々、この国にはそうした人たちがまだ心に深い傷を負いながら生活をしている。この時期になるとトラウマがよみがえり、病院に駆け込んだりする人も少なからずいるようだ。
15年たった今もまだ市民裁判、ガチャチャ裁判が各地で継続して行われている。政府が最近発表した統計データによれば、2003年から2008年の間に160人近くの証人、目撃者、残存者が殺されているようだ。
こうしたデータを見ると、加害者と被害者との和解はそう簡単ではないことが見えてくる。両者が一緒の住宅地に住み、新しいコミュニティーをつくろうとする試みもあるが、すべての地域で同じようにできるとは限らない。むしろ、なんらかの共同作業を通じて痛みを分かち合い、少しずつ和解のプロセスに至るケースもあるようだ。

例えば、ルワンダの伝統的なバスケット、アガセチェは、主として女性によって作られているが、1994年のルワンダのジェノサイドの後、女性たちは、異なるグループの人たちと会った時、編み物を通じて女性として彼らの問題について共有したり、話し合ったりしたようだ。ジェノサイドで夫を失ったツチの女性と夫がジェノサイド中に犯した罪のために牢獄に入れられて夫を失ったフツの女性たちは、お互いに多くの共通の問題を抱えていることに気付く。中でも大きかったのは、家庭の大黒柱の男性を失った結果として極度の貧困状態に陥ったことだったそうだ。
こうしてバスケットの編み物が、女性たちが集まるきっかけとなり、双方のグループ出身の女性たちが一緒に働くようになったことから平和と統合を促進する道具として認識され、これが、アガセチェ平和バスケットとも呼ばれるようになっている。
この日を迎える前日、運転手として雇っている男性が夕方、私のオフィスからの帰りの運転中に翌日どうするかの話をした時に、彼が地元の地域で行われる集会に参加するといったあと、「ジェノサイド、Never Again」といって目に涙を浮かべた表情を見せた。普段、彼は、さわかやで優しい笑顔を浮かべているのだが、彼はジェノサイドの際、このキガリで両親を失っている。いままで見たことがない表情に、隠れた心の傷跡に触れているようで私も大変つらい気持ちになった。
私たちがこうした心の傷を癒すのは不可能に近いが、少しでも様々なプロジェクトを通じてルワンダの人たちが自信を持ち、心からの笑顔が取り戻せるお手伝いができればと思っている。
15年前のこの日、私たちが想像できないような惨事ジェノサイド(大量虐殺)が始まったのである。
あっという間に1年が経ってしまったように思うが、またこの日がやってきた。そしてこの日が近づくと家族や親せきを失った人たちは、悲愴感がただよい、このあと100日あまり続いた恐怖の日々を思い出し、辛い日々がよみがえってくるのだ。15年たってもこうした日々を忘れることはできない。愛する夫を失った女性、両親を失った子供たち、兄弟、姉妹を殺された人々、この国にはそうした人たちがまだ心に深い傷を負いながら生活をしている。この時期になるとトラウマがよみがえり、病院に駆け込んだりする人も少なからずいるようだ。
15年たった今もまだ市民裁判、ガチャチャ裁判が各地で継続して行われている。政府が最近発表した統計データによれば、2003年から2008年の間に160人近くの証人、目撃者、残存者が殺されているようだ。
こうしたデータを見ると、加害者と被害者との和解はそう簡単ではないことが見えてくる。両者が一緒の住宅地に住み、新しいコミュニティーをつくろうとする試みもあるが、すべての地域で同じようにできるとは限らない。むしろ、なんらかの共同作業を通じて痛みを分かち合い、少しずつ和解のプロセスに至るケースもあるようだ。

例えば、ルワンダの伝統的なバスケット、アガセチェは、主として女性によって作られているが、1994年のルワンダのジェノサイドの後、女性たちは、異なるグループの人たちと会った時、編み物を通じて女性として彼らの問題について共有したり、話し合ったりしたようだ。ジェノサイドで夫を失ったツチの女性と夫がジェノサイド中に犯した罪のために牢獄に入れられて夫を失ったフツの女性たちは、お互いに多くの共通の問題を抱えていることに気付く。中でも大きかったのは、家庭の大黒柱の男性を失った結果として極度の貧困状態に陥ったことだったそうだ。
こうしてバスケットの編み物が、女性たちが集まるきっかけとなり、双方のグループ出身の女性たちが一緒に働くようになったことから平和と統合を促進する道具として認識され、これが、アガセチェ平和バスケットとも呼ばれるようになっている。
この日を迎える前日、運転手として雇っている男性が夕方、私のオフィスからの帰りの運転中に翌日どうするかの話をした時に、彼が地元の地域で行われる集会に参加するといったあと、「ジェノサイド、Never Again」といって目に涙を浮かべた表情を見せた。普段、彼は、さわかやで優しい笑顔を浮かべているのだが、彼はジェノサイドの際、このキガリで両親を失っている。いままで見たことがない表情に、隠れた心の傷跡に触れているようで私も大変つらい気持ちになった。
私たちがこうした心の傷を癒すのは不可能に近いが、少しでも様々なプロジェクトを通じてルワンダの人たちが自信を持ち、心からの笑顔が取り戻せるお手伝いができればと思っている。



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